【概要】
東京工業大学資源化学研究所の吉沢道人准教授と貴志礼文大学院生らは、巨大分子フラーレンC60(用語1)を選択的かつ完全に内包できる「分子カプセル」の簡便な合成法を開発した。この分子カプセルは、パネル型骨格を含む有機分子と金属イオンを加熱撹拌するだけで簡単かつ大量に合成でき、また大気中で扱うことの出来る安定な化合物である。
フラーレンC60は次世代の機能性ナノ材料として注目されているが、特殊な有機溶媒にしか溶解しないため利用範囲が限られていた。本分子カプセルの開発により、水系などのさまざまな溶媒に溶解できるようになり、新材料開発や医薬関連分子のカプセル化によるドラッグデリバリーシステム(DDS;用語2)の展開が期待される。
この研究成果は、内閣府 最先端・次世代研究開発支援プログラムの支援によるもので、2011年6月27日付の米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」(http://pubs.acs.org/journal/jacsat)オンライン版で公開された。
【研究の背景と意義】
薬のカプセルのように、物を完全に内包する『カプセル』は、さまざまな物質の保存や運搬に使われており、私たちの暮らしの中で必要不可欠な密閉容器である。一方、自然の中には、私たちが直接見ることのできない、ウイルスキャプシド(用語3)のような数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1m)のカプセルも存在する。
このような生体カプセルを模倣して、人工カプセルを分子で作る試みが、世界中で行われてきた。しかし、合成の煩雑さや構造の安定性などに問題があり、また1nm以上の巨大分子を完全に内包できる分子カプセルの合成は、達成されていなかった。
フラーレンC60などの1nmサイズの完全炭素化合物は、そのユニークな構造や性質から、次世代の機能性ナノ材料として注目されている。しかし、フラーレンは難溶性であり、含ハロゲン系などの特定の有機溶媒にのみ溶解するため、その利用範囲が限られていた。そこで、フラーレンC60を完全に内包できる新規な分子カプセルの合成に挑戦した(図1)。
【今回の研究内容】
開発したカプセルの合成法は、普通の試験管に、根岸および鈴木カップリング反応(用語4)により合成したパネル型骨格を有する有機分子と金属イオンを2対1の比率で入れ、有機溶媒を加えて、加熱撹拌するだけである。どこでも誰でもできる簡単な操作で、4つの有機分子と2つの金属イオンが規則正しく集合した分子カプセルが収率100%で作製できた(図2)。X線結晶構造解析によって、直径が約1.5 nmのカプセル構造体であることを確認した(図3)。
また、この分子カプセルは、さまざまなサイズの分子を内包できることを見出した。中程度の大きさの球状分子(例:パラシクロファン)や平面状分子(例:ピレン)は、分子カプセルと一緒に加熱撹拌するだけで、それぞれ1つおよび2つが内包された。同様な単純操作で、1個の巨大分子フラーレンC60も、カプセルの内部空間に完全に収納することに成功した(図4)。
フラーレンの内包について、過去に例を見ない特筆すべき2つの特徴がある。1つは、サイズ差0.1 nmというわずかに大きさの異なるフラーレンC60とC70の混合物から、分子カプセルはC60を100%の選択性で内包することができた。もう1つの特徴は、分子カプセルはフラーレンC60を完全に内包しているため、本来、C60を溶解しない水系などさまざまな溶媒にも簡単に溶かすことが可能となったことである。
【今後の研究展開】
開発した分子カプセルは、有機分子と金属イオンから簡便かつ大量に合成できる。また、大気中で扱うことの出来る安定な化合物である。さらに、巨大分子の代表例であるフラーレンC60を内包可能な1nmの内部空間を有している。今後は、フラーレンや金属内包フラーレンなどの巨大分子の内包により、その特性を活用した新機能性材料の研究開発を進めていく。また、難溶性の医薬関連分子のカプセル化による水溶液への溶解とそれを活用したドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発が期待できる。
【用語説明】
(用語1)フラーレン
1985年に英国のクロトーらが発見して、1996年にノーベル化学賞を受賞した。炭素60個からなるサッカーボール型の構造体をフラーレンC60と呼ぶ。1nmの大きさ。機能性材料や医薬化粧品への応用研究が盛んに行なわれている。
(用語2)ドラッグデリバリーシステム(DDS)
医薬剤を体内の患部でのみ作用するように制御したシステム。DDSにより薬の使用量を最小限に留め,副作用を抑制することが可能である。従来法では、ミセルなどを用いた例が報告されている。
(用語3)ウイルスキャプシド
ウイルスゲノムを囲うカプセル状の殻。複数のタンパク質からなる集合体。
(用語4)根岸および鈴木カップリング反応
2010年にノーベル化学賞を受賞した根岸英一先生および鈴木章先生らによって開発されたパラジウム触媒を利用した有機合成反応。
【掲載雑誌名、論文名および著者名】
Journal of the American Chemical Society(米国化学会誌) 「An M2L4 Molecular Capsule with an Anthracene Shell: Encapsulation of Large Guests up to 1 nm」
(M2L4組成の分子カプセル:1nmサイズの巨大分子の内包)
Norifumi Kishi, Zhiou Li, Kenji Yoza, Munetaka Akita, and Michito Yoshizawa
図.1 (a)本研究で開発した分子カプセルと(b)従来の分子カプセルの模式図。本研究では、パネル型骨格を導入することで、さまざまな分子を内包できる分子カプセルの合成に成功した。
図.2 分子カプセルの合成:有機分子と金属イオン(2対1の比率)、の反応で、4つの有機分子と2つの金属イオンが規則正しく集合した分子カプセルが収率100%で生成した。
図.3 分子カプセルのX線結晶構造:(a)シリンダー表記と(b)空間充填モデル表記。
図.4 フラーレンC60の内包。本来不溶性の黒色粉末C60は、分子カプセルに内包されることにより、濃紫色の均一溶液を与えた。
本件に関するお問い合せ先 |
吉沢 道人
資源化学研究所 准教授 |
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TEL | 045-924-5284 |
yoshizawa.m.ac@m.titech.ac.jp | |
FAX | 045-924-5230 |
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