【概要】
東京工業大学フロンティア研究機構 細野秀雄教授のグループは、典型的な絶縁体である酸化カルシウムと酸化アルミニウムから構成されるセメントの構成成分C12A7結晶の中のナノサイズのカゴに電子を入れることで、金属のように高い導電性を示すC12A7電子化物(用語2)を2003年に実現しました。しかし、このような典型的絶縁体の金属化は、ドロドロに融けたメルトやそれを急冷したできたガラスでは実現が困難と思われていた。今般、同教授と金聖雄特任准教授は、1600℃で溶融したC12A7電子化物のメルトが、金属のように電気を良く通すことを発見した。これは液体アンモニア(融点:-78℃、沸点:-33℃)にアルカリ金属を溶かした溶液が、金属伝導を示すのと同じ現象で、アンモニアにおける現象が低温に限定されるのに対し、マグマのような高温のメルトの中に溶媒和した電子が安定に生成させることができることを示したことになる。また、このメルトを急冷して作製したガラス(用語3)にも、結晶中と同様に高濃度の電子が存在し、半導体としてふるまうことを見出した。
これらのメルトとガラスでは、電子は通常の金属や半導体と異なり、原子の軌道に属さず、結晶と同じようにナノサイズのカゴによって安定化されていることが特徴である。1600℃のような高温でも、適当な化合物のメルトを選べば、安定な溶媒和電子(用語4)の生成が可能であることを示し、これによって全く新しいタイプの液体金属やガラス半導体が創出される道が開けることは示された。この発見は、2世紀に亘る溶媒和電子の研究に大きなジャンプをもたらす成果と思われる。
本研究はJSPS最先端研究開発支援プロジェクト(FIRST)で実施され、7月1日(米国時間)発刊の米科学誌「サイエンス」にて掲載される。
【研究背景】
水にいろいろな物質が溶けるように、液体のアンモニア(融点:-78℃、沸点:-33℃)にもいろいろな物質を溶かし込むことができる。この中で、アルカリ金属(用語5)などを溶かすと、アルカリ金属がイオンと電子に別れて、青色などに着色した溶液となることが古く19世紀の初めにはデーヴィー卿(ファラディの先生)によって発見されている。その後、この液体は金属のようによく電気を通すことが見出され、それが、電子がアンモニアの分子によって囲まれることで安定化された状態(“溶媒和”。英語はSolvation)となっていることによることが分かった。すなわち水銀のような液体状金属が、電子を絶縁体の溶媒に溶かすことで実現したことになる。この溶媒和した電子は、最も単純な金属や化学還元剤と見做すことができるため、2世紀に亘って研究が継続されてきている。
通常の金属では、電子は構成される原子の軌道に緩く束縛されているが、この溶媒和した電子は、液体分子の軌道には属さず、分子同士のすきまの位置を占めることが大きな特徴となる。このような溶媒和した電子は、これまで液体アンモニアのような低温の特殊な溶媒中でしか安定には存在しないと考えられてきた。
【研究成果】
東京工業大学細野グループは、酸化カルシウムと酸化アルミニウムという絶縁体から構成される化合物12CaO・7Al2O3(略称C12A7、融点~1450℃)の融体を電子の溶媒として選択した。この化合物は(図1)のようにナノサイズのカゴが立体的に繋がった構造をしており、このカゴの中に電子を入れると、電子はトンネル効果で壁を通り抜けて隣のカゴに移ることができ、結果として絶縁体が良伝導体に変わることができることを2003年に見出した。そこで、電子をカゴの中にいれたC12A7: e-(C12A7 エレクトライド)を、酸素ガスを取り除いた不活性ガス(アルゴン)の雰囲気で、~1600℃まで加熱して融かすと、強く着色した状態ができた。このドロドロの状態のメルトの電気伝導度を測定したところ、(図2)のように伝導度は通常の電子を含まないC12A7のそれよりも2~4桁も高く、しかも伝導度が金属のように温度とともに減少することがわかった。
このメルトの雰囲気に酸素ガスを流すと、着色が消え透明になり(図3)、伝導度は通常の電子が入っていないC12A7(室温では絶縁体)を融かしたものと同じになる。以上の実験結果から、C12A7:e-を酸化しない雰囲気で融かした状態は、アルカリ金属を溶かしたアンモニアのように液体の金属になっていることがわかった。
次に、この融けてドロドロになったメルト状態を、急速に冷却してガラスを作製した。得られたガラスは、黒褐色で、メルトのようには(金属的に)電気は流ないものの、普通の透明なガラス(窓やコップ)と比べると数ケタ以上高い伝導度を示した(図4)。もちろん、電子をカゴの中に入れていないC12A7を融かして作製したガラスは、普通のガラスと同様に透明で電気を通さない。すなわち、得られたガラスは半導体となった。ガラス中に含まれる電子濃度は、標準的な方法であるヨウ素滴定により測定でき、出発に用いたC12A7:e-結晶中の電子濃度(1021個/cm3程度)が、そのまま得られたガラス中にも含まれていた。ガラスはメルトを素早く固化させたものであることから、メルト中にも原料の固体のC12A7:e-の中と同じ濃度の電子が存在すると考えられる。
【波及効果】
1.学術面
溶媒和した電子は、これまで極性のある溶液に放射線を照射した直後など過渡的に存在することがよく知られていたが、安定な溶媒和電子は、液体アンモニアのように低温の特殊な溶媒に限定されていた。本発見によって、溶媒和電子はいろいろな物質系や高温でも安定に作りだせる可能性が示され、「電子の高温溶液」という新しい分野が開けそうである。
また、セメントの構成成分C12A7という石灰(CaO)とアルミナ(Al2O3)というありふれた物質(用語6)を用いて、融かす雰囲気を制御することで、電子の高温溶液が実現したことから、ありふれた元素を使って新機能に発現を目指す「ユビキタス元素戦略」の可能性がさらに広がった。
2.応用面
a. CaO-Al2O3系のメルトは、電気化学的に安定で、酸化や還元をされにくい。よって通常の液体金属(水銀やガリウムなど)では不可能な電解合成の高温溶媒として使用することができる。
b. ガラスは水に溶けると電子が放出されるので、水中で使える還元剤として有効と考えられる。水を溶媒とする有機合成反応(たとえばピナコールカップリング反応)に利用できる。
【付記】
本研究は、総合科学技術会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラムにより、日本学術振興会を通して助成されたものです。
【用語説明】
1.エレクトライド
多くの物質は陽イオンと陰イオンにより構成されている。たとえば食塩の主成分でもある塩化ナトリウムは陽イオン:Na+と陰イオン:Cl-により作られている。英文表記はSodium Chlorideであり、下線部ideは日本語での元素名化を意味する。電子があたかも陰イオンのようにふるまって構成される物質をエレクトライド(electride)と呼ぶ。通常エレクトライドは安定に存在できないが、細野グループのC12A7で初めて安定に存在するエレクトライドが実現され、高い電子放出能を活用して蛍光管の陰極材料などに利用されている。
2.金属的導電
金属は電気の良導体であると同時に、その電導度の温度特性は温度増加に伴い減少する。これに対し、半導体や絶縁体では電導度が金属よりも低いことに加え、温度増加に伴い電導度が増加する。
3.ガラス
通常、固体は原子が規則的に配列した結晶という形をとっている。これに対し、ガラスがこのような規則的配列を持たず、液体の状態が凍結されたものとみなすことができる。そのため、ガラスの作成においては融液からの急速な冷却という方法が良く用いられる。
4.溶媒和
溶液において溶媒(主成分、水溶液なら水)分子により、溶質(溶けている物質)分子が取り囲まれ安定な状態を溶媒和(溶媒に和している状態)と呼ぶ。この物質系ではC12A7融液が溶媒、電子が溶質ととらえることができる。
5.アルカリ金属
周期律表一番左列のリチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)を差し、通常+1の陽イオンになりやすく、非常に化学的反応性に富む元素群である。
6.ありふれた物質
資源量の多寡の基準の一つであるクラーク数では本物質系に含まれている元素は酸素(1)、アルミニウム(3)、カルシウム(5)である。( )内は量の多い順番を示す。(2)はケイ素、(4)は鉄である。
【論文名、掲載誌および著者】
Solvated Electrons in High-Temperature Melts and Glasses of the Room Temperature Stable Electride [Ca24Al28O64]4+・4e-
(和訳:室温で安定なエレクトライド[Ca24Al28O64]4+・4e-の高温メルトとガラスのおける溶媒和電子)
掲載誌: SCIENCE(サイエンス)
著者:Sung Wng Kim, Terumasa Shimoyama and Hideo Hosono
図.1 C12A7の結晶構造。
ナノメートルサイズのカゴから構成されている。
立方体が単位格子(繰り返しの最小単位)。単位格子中には12個のカゴがあり、そのうちの2個のみに酸素イオン(左:青丸)が入っている。
C12A7エレクトライドは、同じ単位格子に2個の酸素イオンの代わりに4個の電子(右:緑丸)が入る。
図.2 電子を含むC12A7(エレクトライド)のメルトの電気伝導度。
エレクトライドの融点は、酸化物の融点より約200℃低い。
エレクトライドのメルトの電気伝導度(赤丸)は、金属のように、温度上昇に伴って減少する。
一方、電子を含まないC12A7メルトの電気伝導度(青丸)は、半導体のように温度上昇に伴って増加する。
図.3 目視による着色、透明の確認。
着色した電子を含むC12A7(エレクトライド)のメルト(上)と透明な電子を含まないC12A7のメルト(下)。
上:アルゴンガスを流した雰囲気下で溶解したメルト。熱電対を差し込むと、メルトを通しては熱電対が見えない。
下:エレクトライドを溶解する時に流すアルゴンガスの変わりに酸素ガスを流した時のメルト。メルトの中に差し込んだ熱電対が見える。
図.4 C12A7エレクトライドメルトから作ったガラスの電気伝導度。
写真:C12A7エレクトライドのメルトを急冷して作製したガラス。
普通の透明なC12A7ガラスの電気伝導度は測定限界(10-10S・cm-1)以下である。
本件に関するお問い合せ先 |
細野 秀雄
フロンティア研究機構 教授 |
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TEL | 045-924-5359 |
hosono@msl.titech.ac.jp | |
FAX | 03-5734-3636 |
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