東京工業大学の青木尊之教授の研究室は,気象庁が次期気象予報に向けて開発を進めている次世代気象モデル(ASUCA)* のフルGPU化に成功しました。ASUCAは大気の鉛直方向の釣り合いを仮定せず,水蒸気の上昇による雲の形成や台風のシミュレーションを可能とする非静 力平衡モデルです。東京工業大学では,GPU(Graphics Processing Unit) *と呼ばれる画像処理用のプロセッサを汎用計算GPGPU(General Purpose GPU)である気象モデルへ適用する研究を進めてきました。GPUはCPUと比べて計算の処理能力が非常に高く,消費電力当たりの演算性能が高いため,東 京工業大学・学術国際情報センターのスパコン TSUBAME にも680個導入されています。GPGPUはパソコンに装着するビデオカードを転用することができるため,非常に低コストであるというメリットもありま す。
このGPUを使って次世代気象モデルを計算することができれば,CPUで計算する場合と比べて圧倒的に高速に(広域の)計算をすることがで き,短時間で予測しなければならない天気予報にとって非常に大きなメリットがあります。しかし,これまでのプログラムを全て書き直し,さらに新しい並列ア ルゴリズムの導入,ノード間通信の隠ぺいなどを新しい研究成果を導入しなければならず,GPU化は非常に困難であるとされてきました。
米国大気 研究所(NCAR*)を中心に,世界標準となりつつある次世代大気モデル WRF*でもGPU を用いた高速化の取り組みはいち早く行われていて,気象分野におけるGPU計算の導入は高い注目を集めています。しかし,上記の問題があり,かつ,WRF はコミュニティ・コードであるため,ごく一部分をGPU化し,全体の性能を約30%向上させるに留まっています。GPU計算の場合,時間ループの内側の計 算の全てをGPU化しないと,CPUとの通信が発生し,GPUの本来の性能を十分出せないという問題があります。
東京工業大学の青木尊之教授の 研究室は,次世代気象モデル ASUCA の全てをGPU化することにより,スパコン TSUBAME の単一 GPU を使った計算で 44.3GFlops(CPU の1コアに対して約80倍)を出す頃に成功しました。さらに,高速ネットワークで連結された120個の GPU を使うことにより, 3.22 TFlops の実行性能を達成しました。GPU の計算は CUDA*でプログラミングされ,同研究室で開発された様々な高速化のアルゴリズムや最適化手法が導入されています。
2kmの格子間隔で3164 ×3028 ×48の計算格子を用いると,日本列島全土を含む広範囲をカバーでき,120GPUを用いると実際の6時間の気象現象の計算が70分で終了しました。今 後,雲物理過程のモデルの改良と新しいGPUの登場に合わせたさらなるチューニングを行い,天気予報の予測精度の向上に貢献したいと思っています。
この内容は平成22年3月25日につくばで開催される「気候変動に関する次世代モデル」に関する国際会議で発表される予定です。
http://www.prime-pco.com/climate12/e_agenda.html
用語説明:
次世代気象モデル:
次世代の計算機アーキテクチャーに対応を視野に入れて,気象庁が開発を進めている高分解能の領域気象モデル。開発モデルのコード名がASUCA。
GPU: パソコンのビデオカード上などに搭載され,コンピュータ・グラフィクスやCADなどの描画(ポリゴン表示)をCPUより圧倒的に高速に処理を行うために開 発された専用プロセッサであるが,描画の要求が複雑になり,描画以外の処理も高速に行えるように発展してきた。高性能なGPUは,NVIDIA社とAMD 社が性能競争を繰り広げている。
WRF: Weather Research and Forecasting Model は,米国大気研究所を中心に複数の研究所,全世界の多数の研究者がオープンに研究開発に参加している次世代メソスケール大気予測数値モデル(= シミュレーション)であり,コミュニティ・コードと呼ばれている。気象庁の開発している次世代気象モデル ASUCA と内容はほぼ同じ。
CUDA:(Compute Unified Device Architecture:クーダ)とは,NVIDIAが提供するGPU向けのC言語(またはFORTRAN言語)の統合開発環境であり,コンパイラやラ イブラリなどから構成されている。C 言語(またはFORTRAN言語)でGPU計算のプログラムを作成することができる。(「はじめてのCUDAプログラミング」工学社)
GFlops: 1秒間に10の9乗回の浮動小数点演算を実行できる性能。
TFlops: 1秒間に10の12乗回の浮動小数点演算を実行できる性能。1000GFlops = 1TFlops
NCAR: The National Center for Atmospheric Research
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GPUの例: 右は東京工業大学のスパコンTSUBAMEに導入されているNVIDIAのGPU
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台風の気象計算:色は降 水量,数字は気圧,矢印 は風向を表す。 |
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