●概要
有機・高分子物質専攻の小西玄一准教授と竹添秀男教授の研究グループは、新規な高効率発光色素の開発により、液晶レーザーの発振閾値の大幅低下に成功しま した。本研究は、液晶レーザーの可能性を飛躍的に高めたものであり、レーザー発振の低閾値化の指針に関する基礎的な知見についても言及しています。この研 究成果は、ドイツの科学誌Advanced Materialsに8月27日付けで掲載されました。
●研究の背景
光学波長程度の周期を持つコレステリック液晶(用語1)(らせん構造)中に、発光色素を導入し発光させると、その発光波長域に選択反 射(用語2)が重なっている場合は、光の閉じ込めとそれによる増幅が起こって反射帯のエッジでレーザー(分布帰還型レーザー(用語3))発振します(図 1)。このような有機材料の液晶レーザーは、窒化ガリウムなど無機物を用いる半導体レーザーと比べて、優れた加工性、波長可変、超小型化が可能などのポテ ンシャルがあり、フレキシブルな面発光レーザー(用語4)デバイスを容易に作製できる可能性を秘めています。このように液晶レーザーは、究極のディスプレ イ開発の鍵であり、世界中で開発競争が行われています。しかし実用化への最大の難関である連続発振のためには、レーザーをできるだけ低いエネルギーで発振 させる「低閾値化」の課題があり、その中でも、発光色素の開発が遅れていました。
●今回の研究
これまでに液晶レーザーの研究に使 われてきた色素の大半は、溶液中で用いる色素レーザー用であり、液晶レーザーに適した色素に関する探索はほとんど行われていませんでした。そこで研究グ ループの大学院生の内村真君は、構造有機化学と有機光化学の知識を総動員して液晶レーザー用色素を多数合成し、ピレンやアントラセンといった多環式芳香族 炭化水素の共役系を拡張した高効率発光色素を開発しました(図2)。これらの色素をコレステリック液晶にドープ(注入)し、レーザー発振を行ったところ、 レーザー発振の閾値は、アントラセン系では180nJ/pulse、ピレン系では23nJ/pulseであり、ピレン系色素は、従来レーザー色素として用 いられていたDCMの20分の1以下という値を実現しました(図3)。そして大学院生の渡辺陽君らとともに、レーザー発振特性を比較検討することにより、 発光色素の持つ量子収率、蛍光寿命、吸光度、液晶中での溶解性、配向性などの因子と低閾値化の関係を明らかにし、発光色素の設計指針を作りました。
●今後の展開
今 回、コレステリック液晶に閉じ込める発光色素を設計することにより、これまでにない低閾値のレーザー発振が実現しました。竹添教授は、すでにレーザー発振 の低閾値化に寄与するさまざまな基本技術(高分子液晶材料や光重合性材料の導入による揺らぎの固定化、金属鏡と組み合わせたハイブリッド素子の作製、ネマ チック液晶とのハイブリッド構造や複層構造による欠陥モードの導入など)を提唱しており、また単一励起波長による可視光全域にわたる発光波長のチューニン グにも成功しています。研究グループでは、これらの技術の複合化や新規な色素・液晶の分子設計により、液晶レーザーの連続発振と実用化に向けた研究に取り 組みます。
●発表
本成果は高分子学会第59回年次大会の注目発表(約2000件から11件)として選定されました。さらに2010年7月にポーランドで行われた国際液晶 会議(ILCC2010)で、大学院生の渡辺陽君がベストポスター賞第1位を獲得しています。研究論文は、現在Advanced MaterialsのWeb版に”Development of Laser Dyes to Realize Low Threshold in Dye-Doped Cholesteric Liquid Crystal Lasers”と題して公開されています。(DOI: 10.1002/adma.201001046;http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002 /adma.201001046/abstract)
用語解説
用語1 コレステリック液晶 らせん構造を示す液晶。最初にコレステロール誘導体から発見された。
用語2 選択反射 ピッチに対応した波長のコレステリック液晶の掌性と同じ掌性の円偏光のみを反射するという性質。カナブンの金属光沢は、この選択反射によるものである。
用語3 分布帰還型レーザー レーザー活性媒質を周期構造中に置くことにより活性媒質中のあらゆる場所で光の反射を起こし共振器とするレーザー。構造周期によって波長選択性がもたらされる。
用語4 面発光レーザー 半導体表面から垂直に光を発するレーザー。ギガビットイーサネットの光源、レーザープリンター、コンピューターのマウスなどに応用されている。1977年に現・東工大学長の伊賀健一博士によって発明された。
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