本学統合研究院ソリューション研究機構の半田宏教授のグループは,がんや腫瘍などの疾患マーカーを高速かつ高精度に検出できる蛍光・磁性ビーズ・センサーを開発した.疾患マーカーが数pg/mlあれば,3~5分以内で判定できるシステム開発を目指している.例えばがんの外科手術の際に転移の有無を迅速に調べる病理診断などに生かせる.すでに特許を取得しており,慶応義塾大学医学部,凸版印刷(東京都千代田区),多摩川精器(長野県飯田市)と共同で製品化を目指している.
磁性体とケイ光物質をカプセルに封入
開発したビーズは,磁性体として酸化鉄,発光物質としてユーロピウム(Eu)錯体を,直径130nmのポリグリジシルメタクリレート(Poly GMA)製のカプセルに封入したもの(図1).ビーズの表面には106 個以上の官能基があり,それを介して各種特定物質を固定でき、特定物質がセンサー基板上の標的物質と選択的に結合した時に,340nmの励起光を当てると618nmの蛍光を発する。この光を計測する.Euの励起および発光の2つの波長は,鉄が吸光する波長帯(400~600nm)を外れているためその妨害を受けない.また,発光しはじめてから減衰するまでの時間が長いことを利用し,励起した瞬間に周囲の物質が発生する光(バックグラウンド)を差し引いて正確に発光量を求められる.
特定物質としては,がんマーカーに反応する物質,抗体,DNA断片などさまざまな物質を容易に固定できる(図2).また外部磁界をかけてビーズを移動できるため,分離や捕集も簡単である.センサー上に誘導して検出すれば、1ビーズでも検出することができる.
このビーズを組織切片上に流せば病理組織の染色も可能である.また、カプセル内の金属錯体を変えることで色を変えられる.金属錯体には毒性があることが多いが,Poly GMAカプセルに封入した錯体が外部に流出しないことも確かめた.
創薬ターゲットの探索にも活用可能
このビーズ・センサー技術の開発は,慶応義塾大学の外科医から,迅速がん診断に使えるセンサーを要望されたことがきっかけになった.乳がんの手術では通常,リンパ腺の組織切片を顕微鏡下で画像診断するが,30分以上かかるほか専門家でもまれに見落としをすることがある.確定診断法として,mRNAを増幅するRT-PCR(逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)法やがん抗原が発現しているかどうかを調べるELISA(酵素免疫測定法)やフローサイトメトリーによる生化学的検査法があるが,1日かかる.つまり手術後でないと確定診断が出せなかった.半田教授によれば「この新しいビーズ・センサーを使うことで,数分で確定診断が可能になる」という(図3).
半田教授はさらにこのビーズを創薬ターゲットの探索に利用することも考えている.「催奇性がありながら抗がん剤としての利用が広がっているサリドマイドの標的になるタンパク質探しにこのビーズを使う.サリドマイドの標的タンパク質が分かれば,サリドマイドとは別の新規物質,つまり催奇性のない新しい抗がん剤を作れるようになる」という.
さらに,「DNAを官能基として固定するとマイクロRNAという,RNAながらたんぱく質をコードしないRNAを検出できる」という.マイクロRNAは長さ20から25塩基ほどの小さな1本鎖RNAで,がんマーカーとして使えるだけでなく,がんの発症や記憶の形成など広範囲な生命現象に関わることが明らかになりつつある.半田教授は生体内でのその仕組みを解明するために,本ビーズ・センサーが強力な手段になると考えている.
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図1 蛍光・磁性ビ-ズの作製 | 図2 蛍光・磁性ビ-ズの性状 | 図3 考えられる応用分野 |
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