東京工業大学 資源化学研究所の池田富樹教授のグループは,光に反応して変形し力を出す高分子材料(「光運動材料」)を開発,単位断面あたりに発生できる力を増し,実際に光を照射すると回転する光モーター(図1)の試作に成功した.
この光モーターには,アゾベンゼンという色素を高分子側鎖に導入した液晶エラストマー・フィルムが使われている.この材料は紫外線を照射すると縮み,可 視光を照射すると伸びる性質がある.これをベルト状にして2つの軸にかけ,2つの場所に紫外線・可視光の異なる光を当てると,伸縮によって回転運動が起き る.実験では15秒に1回転程度の回転運動を起こすことができた.
この研究成果は2008年6月に独化学会誌Angewandte Chemieに掲載され,同誌のInternational Editionのカバーを飾った(論文名は,”Photomobile Polymer Materials - Towards Light-Driven Plastic Motors” ? M. Yamada? M. Kondo? J. Mamiya? Y. Yu? M. Kinoshita? C. J. Barrett and T. Ikeda).
協同現象により分子レベルの変化を巨視レベルに
光運動材料は配線などを一切必要とせずに光を当てるだけで力を発生できることから多様な応用が考えられる.しかし材料として使えるようにするにはさまざまな改良が必要だった.
池田教授らが着目したアゾベンゼンには2種類の異性体(シス,トランス)があり,シス体はV字,トランス体は棒状の分子形状を取る.トランス体は液晶と しての性質を示し一定方向に配向するが,シス体は無秩序になる(等方性を示す).さらに,紫外光を照射すればシス体,可視光ではトランス体というように分 子形状が変化し,それに伴い常温でも可逆的に相転移を起こす.
一方,一般に液晶中では一つの液晶分子の配向が変わると,他の分子もなだれを打って同じ方向に配向しようとする現象が起きる.これを協同現象といい,う まく利用すると分子レベルの微小な変化を巨視的レベルに変えることができる.アゾベンゼン分子を液晶分子に混ぜておくと,当てる光によって液晶分子の配向 も制御できるようになる.
ただし,低分子の液晶は流動性が高いため,アゾベンゼン分子をシス体に異性化させても,液晶分子が周辺から光照射部位に流入してしまい,等方状態を維持 できない.つまり機能性材料としては不安定だった.そこで池田教授らはアゾベンゼンを高分子の側鎖を付けて流動性を下げて安定性を持たせた.さらに架橋剤 を加えて架橋(エラストマー化)し,まったく新しい光運動材料を作り上げた.
池田教授らの研究は液晶の協同現象と液晶エラストマーの研究を組み合わせて光運動材料を実用化に大きく近づけたもので,2003年の発表は,独 Advanced Materials誌(注1)や英Nature誌(注2)などの学術論文誌だけでなく各国のマスコミで大きく取り上げられた.
注1 ”Bending and Unbending of Liquid Crystalline Films by Light Exposure”? Ikeda? Nakano? Yu et al. Adv. Mater. 2003? 15? 201
注2 ”Directed Bending of A Polymer Film by Light”? Yu? Nakano and Ikeda Nature 2003? 425? 145
光運動材料の実用化に向けた着実な進歩
今回の光モーターに使用した光運動材料は,その後さらに様々な改良を加えたものだ.例えば,液晶が配向する方向を膜面に対し平行にした場合と垂直にした 場合の光運動挙動の解明,架橋密度を変えて力発生のための最適な架橋剤の量の決定のほか,膜厚方向のアゾベンゼン濃度を段階的に調節し,表面だけでなく深 部でも液晶分子の配向変化が起きるようにした.光を有効活用できるため,単位面積当たりでは約2600KPaの応力を発生できるようになった(図3).こ れはヒトの筋肉の10倍近い数字である.また約40秒間隔で30時間連続(約2500回)伸縮を繰り返しても性能が劣化しないことも確認した.
池田教授のグループは材料の機械的強度を上げる改良も進めている.「以前はアゾベンゼン液晶エラストマー単層であったが,強度を高めるためにポリエチレンを支持層として物理的に張り合わせる方法を開発した」(池田教授)という.
池田教授は,「機械的強度と性能の双方を向上させ,バッテリーやギヤなどの駆動部分が不要な光で動くプラスチック車を作ることが夢である」と語っている.
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図1 池田教授のグループが試作した光モーターの動作(Vis:可視光,UV:紫外線) 図1の動画 |
図2 アゾベンゼンを使った光運動材料の模式図 | 図3 アゾベンゼン濃度を調整した結果の性能向上の様子(A0B2C4D4が最適) |
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