本学大学院生命理工学研究科生体システム専攻の岡田典弘教授は,Bern大学などとの協力でアフリカ3大湖の一つビクトリア湖(Lake Victoria)に住むカワスズメ科の魚シクリッド固有種のDNAを分析し,遺伝子の突然変異が種の分化を引き起こす直接の証拠を世界で初めて発見し た.この成果は2008年10月2日発行の英Nature(Volume 455 Number 7213)にArticleとして掲載され,その表紙を飾った.
Victoria湖:種分化の要因を探すために最適な環境
アフリカ3大湖の1つであるビクトリア湖(Lake Victoria)は“Darwin's dreampond”とも呼ばれている.他の2湖,タンガニイカ湖(Lake Tanganyika)は1000万年前,マラウイ湖(Lake Malawi)が200万年前に形成されて現在に至るのに対して,ビクトリア湖は1万2000年前に一度干上がったことが分かっている.その生物史は進化 から見れば非常に短く,爆発的な種分化が起きており, 1世紀以上前から生態学者の注目の的になっていた.
種の分化はまず1個体に起き た突然変異が集団に広がったと考えられる.ダーウィンの自然選択説では,環境に適応した変異は残り,不適であれば個体が死滅して消失する.しかし変異の中 には環境への適応に有利でも不利でもない「中立的変異」も多数起きる.環境に適応した変異は急速に種全体に広まって遺伝子上に固定される.中立的変異も, 種の集団の個体数が有限なことから偶然に選択されて固定されるが,その速度は環境に適応した変異よりも遅い.
ところが,ビクトリア湖の シクリッド(Haplochromis属)の場合は放散されてから1万2000年しか経っていないため,遺伝子上の同じ位置に,同じ種内でも個体によって 違う塩基配列がある「多型」という状態のままになっている(図1).シクリッドはゴンドワナ大陸起源の魚で世界中に存在するが,こうした特徴があるのはビ クトリア湖のものだけである.また他の2湖のように十分長い生物史がある場所に住む種では,種の分化後に起きた変異の蓄積が進み,結果的に最初に種分化に 寄与した変異が何かが分かりにくくなる.ビクトリア湖のシクリッドはそうした蓄積が起きるほどの時間が経っておらずゲノムはほぼ同一だが,その一方で,あ る種を他の種と区別する表現形を示す塩基配列の違いはあり,それを探し出しやすい.言い換えればビクトリア湖の生物を調べれば種の分化のきっかけになった 変異を特定しやすい.
こうした点に注目して岡田教授らは世界で初めてビクトリア湖のシクリッドの遺伝子解析を開始した.
近縁種のシクリッドの視覚の違いに着目
ビクトリア湖は他の2つの湖に比べ透明度が低い(2m程度)ため,湖中は暗いうえに,短波長の光が急激に減衰するために,長波長(赤)寄りの光 が支配的である.ここに住むシクリッドは,網膜に長波長の光への感受性が高い(LWS:Long Wave Sensitiveな)光感受性物質(オプシン)を持っている.岡田教授らは2002年の段階でLWSを作る視覚遺伝子に多数のアリル(遺伝子上の同じ位 置を占めることができる,違った塩基配列)があることを発見していた(図2).
この時点では共同研究者から提供されたサンプルを基に研 究を進めていたが,さらに詳しく生態を調査するため,2003年からは文部科学省科研費特定領域研究「種形成の分子機構」プロジェクトを開始.生態学者の 溝入真治氏や分類学者の相原光人氏と協力してビクトリア湖南部で本格的にシクリッドの生態調査を始め,1万以上のサンプルを採取した.中には近年食用とし て放流された肉食魚ナイルパーチのため絶滅したと見られていた貴重な沖合種も含まれている.
この大量のサンプルの中から,同じ場所で違 う水深に生息する2種,プンダミリア・プンダミリア(Pundamilia pundamilia)と近縁種のプンダミリア・ニエレリ(Pundamilia nyererei)の視覚遺伝子の違いを調べた.プンダミリアは水深1~2mの場所に住み,雄の婚姻色は青味が強く,ニエレリは水深4m以上の場所に住 み,雄の婚姻色は赤い.両者の視覚遺伝子を比較すると,それぞれの生育する光環境に高い感受性を示す別々のアリル(PアリルとHアリル)を持つことを確認 した(図3).これらの種は同一の祖先から発したが,視覚に関する突然変異が起きて住み分けが起き,さらに婚姻色が変化して種が分化したと考えられる.
岡田教授らは今後も視覚遺伝子の違いをさらに詳しく調べるほか,他の要因(変異)で種分化が起きた例を探している.「ビクトリア湖のシクリッドは700種 もの固有種があり,LWSはその種分化に数分の1しか寄与していない.視覚遺伝子以外にも着目して種分化の要因を調べる」としている.
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図1 ビクトリア湖に住むシクリッドの特徴 | 図2 シクリッドのオプシンの視覚遺伝子(のアリル)の違いと,それによる吸収波長(ピーク)の違い |
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図3 2種類のシクリッドの生態とそれぞれが持つ視覚遺伝子(アリル)の違いには関係がある |
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