【概要】
東京工業大学フロンティア研究機構の細野秀雄教授(応用セラミックス研究所兼任)と溝口拓特任准教授らは、LaCo2B2の組成を母物質とする新しい超電導体を発見しました。この物質は現在世界的に精力的な研究が進められている鉄系超電導体の一つであるAeFe2As2(Aeはアルカリ土類金属元素)系超電導体と同じ結晶構造を有するものの、これまで物性が全く知られていなかったものです。鉄系超電導体が結晶構造中のFeAs層を超電導層として利用しているのに対し、本物質ではCoB層が超電導層となっています。また鉄系ではコバルトが超電導を発現するための添加不純物(一般式:Ae(Fe1-xCox)2As2)であるのに対し、本系では逆に鉄が有効な添加不純物(La(Co1-xFex)2B2)となっています。超電導臨界温度(Tc)の最高値は4K(-269℃)とまだ低いものの、鉄と同様の磁性金属で、超電導では嫌われていたコバルトという元素を中心とした超電導体が見つかったこと、鉄系物質中のAs、P、Seのように毒性元素を含まないこと、化学的にも安定な物質であることから超電導体として今後の展開が期待されます。本研究成果は、米国物理学会発行のPhysical Review Lettersにて、平成23年6月8日にオンライン電子版で公開されます。
【背景】
2008年に東京工業大学の細野秀雄教授のグループが発見したLaFeAsO:F系超電導体は超電導臨界温度(Tc)26Kを示し、新しいタイプの超電導体として、世界中の超電導研究者に注目されました。すでに3000を超える関連論文が報告され、鉄系超電導体という新大陸が築かれています。鉄は典型的な磁性元素であり、それまでの常識では最も超電導になじみにくい元素であることから、鉄系超電導体は驚きを持って迎えられました。最も注目されることの多いTcは同年に中国のグループが報告したSmFeAsO:F系の55Kで、これは現在までの鉄系超電導体の最高温度となっています。LaFeAsOやSmFeAsOがその元素含有比から1111系と呼ばれているのに対し、ThCr2Si2型結晶構造を持つAeFe2As2(Ae:アルカリ土類元素)は122系と呼ばれ(図1参照)Tcは若干低いものの(最高38K:Ba1-xKxFe2As2でx=0.4にて)、異方性が小さく、試料の作製が容易なことから、現在盛んに研究がおこなわれています。鉄系も、それ以前に一大フィーバーを巻き起こした銅酸化物系も、高温超電導体では結晶構造において特徴的な共通点を持ちます。それは超電導が生じる層と電気が流れにくい層とが交互に積み重なっていることです。鉄系ではFeとAsからなる層が超電導を担っています。
細野グループは、このような高温超伝導を発現する1111系型や122系型を出発点に、より優れた超特性や新しいタイプの超電導物質を探索する過程で、BaFe2As2と同じ結晶構造を持つLaCo2B2に注目しました。この物質は構造中にCoBで構成されるFeAs超電導層と類似の構造を持っていること、Asのような毒性元素を含まないこと、122系型という比較的安定な結晶構造を有することから実用的にも期待できる物性が発現するのではないかと考えました。
【研究の内容】
物質を構成する元素の単体をそれぞれ出発原料として、(La1-xYx)Co2B2、La(Co1-xFex)2B2、LaCo2(B1-xSix)2の各化学式で示されるように混合し、アーク溶融法により目的物質を合成しました。作製した物質について、電気抵抗、磁率を2-300K帯の範囲で測定しました。母物質となるLaCo2B2は常磁性金属として振る舞い超電導は観測されず、CoをFeに、あるいはLaをYに部分置換した(La1-xYx)Co2B2、La(Co1-xFex)2B2において最高4.3K(x=0.15)以下で超電導が観測されました(図2)。理論計算によって、超電導を担う電子はCoに属することが明らかであり、コバルトが主役を演じる超電導体と結論づけられました。
【本成果の意義と展望】
超電導の発現には反対の向きのスピンをもつ2つの電子が対を形成することが必須ですが、磁性金属では、スピンの向きが全て同じ方向に揃ってしまいます。よって、磁性と超電導は相性が悪いと信じられてきました。 強い磁性を持つ代表的な元素は、鉄、コバルト、ニッケルです。
細野グループは、2006年にLaFePOが、2007年にはLaNiPOが超電導になることを報告してきました。しかし、Co系についてはLaCoPO、LaCoAsOだけでなく、LaCo2P2、LaCo2As2などでも超電導は実現していませんでした。今回、PやAsなどのニクトゲン元素でなく、ホウ素を用いた物質LaCo2B2において超電導に発現に成功したことになります。今回の発見により、鉄系超電導体と同じ結晶構造で、代表的磁性元素Fe?Ni?Coの超電導体が全て実現したことになります。これは、今後の新超電導物質の探索の一つの指針となるものと思われます。
また、鉄系の122型におけるCoが超電導発現ドーパントであるのとは逆にFeがその役を務めていること、毒性元素を含まないこと、化学的安定性などから、研究面だけでなく実用的にも興味深い物質といえます。超電導体探索の中心元素として鉄、ニッケルに加えてコバルトを見出したことにより、さらに高いTcを持つ優れた超電導体を見つけていく研究が加速されるものと期待されます。
本成果は最先端研究開発支援(FIRST)プログラム「新超電導および関連機能物質の探索と産業用超電導線材の応用」(中心研究者:細野秀雄)によって実施されました。
図1. (a) LaFeAsO(1111系型)及び、(b) LaCo2B2の(122系型)結晶構造。
いずれもブロック層(aではLaO、bではLa)により挟まれた超電導層(aではFeAs、bではCoB)中の電導電子により超電導が発現する。
図2. La(Co1-xFex)2B2の抵抗率の温度依存性。
x=0.1以上の組成で超電導現象が現れ、Tcの最高はx=0.15での4.3K。Siの添加では超電導体とならない。
本件に関するお問い合せ先 |
細野 秀雄
ソリューション研究機構 教授 |
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TEL | 045-924-5359 |
hosono@msl.titech.ac.jp | |
FAX | 045-924-5196 |
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