【概要】
東京工業大学大学院理工学研究科地球惑星科学専攻の岩森光教授は、東京大学大学院工学系研究科の加藤泰浩准教授らとともに、南東太平洋や中央太平洋に、見た目は普通の泥にも拘らず、高品位のレアアース(用語1)を含有した“レアアース資源泥(用語2) ”が膨大な量分布していることを発見した。海底鉱物資源としては、[1]熱水性硫化物鉱床、[2]マンガンクラスト鉱床、[3]マンガンノジュール鉱床の3種類(用語3)が従来から知られていたが、今回発見されたレアアースを豊富に含有した泥は、全く新しいタイプの第4の海底鉱物資源である。この“レアアース資源泥”は、(1)レアアース含有量(用語4)が高いこと、(2)資源量が膨大(陸上埋蔵量(用語5)の約1,000倍)かつ探査が容易なこと、(3)開発の障害となるウランやトリウムなどの放射性元素をほとんど含まないこと、(4)レアアースの回収が極めて容易なこと(薄い酸で容易に抽出可能)など、まさに夢のような海底鉱物資源といえる。これは、最近の深刻なレアアース資源問題を解決に導く可能性がある画期的な研究成果である。
なおこの成果は、科学研究費補助金・基盤研究(S)『画期的な海底鉱物資源としての含金属堆積物の包括的研究(H22~H26、研究代表者:加藤泰浩)』、東レ科学技術研究助成(H20~H22、研究代表者:加藤泰浩)による成果の一部である。本研究成果は英国科学誌「Nature Geoscience」電子版に7月4日午前2時(日本時間)に掲載される。
【研究背景】
レアアースは、我が国の最先端産業を支える最重要な資源であるが、その97 %を中国一国が生産する脆弱な供給構造を持つ。2005年以降、中国は輸出奨励政策から規制強化政策へと急激に方針を転換したため、レアアースの供給不足や価格急騰が懸念されてきた。そして、昨年の尖閣諸島沖での漁船衝突事件をきっかけとして、中国はレアアースの輸出停止・制限を行い、世界中にレアアースショックを与えた。現在も価格の上昇は続いており、今年6月の価格は1月と比べると3倍以上という異常な高騰ぶりを示している。さらに、中国はレアアース資源を外交カードとしても利用しており、レアアースの安定確保は日本にとって喫緊の懸案事項であるといえる。
【研究方法の概要】
このような状況の中、本研究グループは、東京大学海洋研究所が1968 ~ 1984年に太平洋全域から採取したピストンコア(用語6)27本 (平均コア長7.6 m)を入手し、ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)による全岩化学組成の分析(456試料)を2008年より開始した。その結果、太平洋の広範囲に、南中国のイオン吸着型鉱床(用語7)に匹敵する高品位の海底堆積物 “レアアース資源泥” が分布していることを発見するに至った。さらに、レアアース資源泥の太平洋全域における分布範囲と海底面下の深度分布の状況を詳細に把握するために、深海掘削計画(DSDP: Deep Sea Drilling Project)/国際深海掘削計画(ODP: Ocean Drilling Program)(用語8)による掘削コア(用語9) 51本(総コア長=2,491 m、平均コア長49 m)から得られた1,581試料についても、ICP-MSによる全岩化学組成分析を行った(総コア本数78本、総試料数2,037試料)。
【結果の概要】
この全岩化学分析の結果、南東太平洋において平均層厚8.0 m、平均総レアアース濃度1,054 ppm、中央太平洋において平均層厚23.6 m、平均総レアアース濃度625 ppmのレアアース資源泥が存在していることが明らかとなった(図1~3)。例えば、南東太平洋のSite 76において、4平方キロメートルの範囲(深度10 m)でレアアース資源泥を開発すると、日本の年間レアアース消費量の1 ~ 2年分を供給することが可能である。さらに、陸上埋蔵量のおよそ1,000倍という膨大な量のレアアース資源泥がこの2つの海域に存在していることがわかった(図4)。また化学分析データを独立成分分析(用語10)で解析した結果、レアアースを濃集させたメカニズムが、鉄質懸濁物質とフィリップサイト(ゼオライト鉱物の一種)による海水中のレアアースの吸着であることが判明した(図5)。さらに、レアアース資源泥には、バナジウム、コバルト、ニッケル、モリブデンなどのレアメタルも高濃度に含有されていることも明らかとなった。
【考察と今後の展望】
現在、レアアース資源泥の分布海域は、一部を除いてすべて公海上に位置しているものの、公海上の資源でも、国際海底機構(ISBA:International Seabed Authority; 用語11)の合意が得られ、マイニングコード(用語12)が採択されることで、鉱区を獲得することが可能である。実際にハワイ沖のマンガンノジュール鉱床については、日本をはじめ、中国、ロシア、フランスなどの多くの国々が鉱区を獲得している。
またレアアース資源泥は水深3,500 ~ 6,000 mの深海に分布しているが、深海の堆積物の開発に関しては、1979年に紅海の水深2,000 mに分布する銅・亜鉛などの硫化鉱物を含む硫化物泥の開発テストがドイツの鉱山会社によって行われており、年間4,000万トンの採掘・回収が想定されていた。それ以降、深海の泥を採掘するテストは行われていないが、現在のテクノロジーをもってすれば、3,500 ~ 6,000 mの深海から年間4,000万トンのレアアース資源泥を採掘・回収することは十分に可能と考えられる。さらに、回収したレアアース資源泥からは、薄い硫酸により短時間でレアアースを浸出(抽出)することが可能(図6)であり、工業的にも極めて有利な条件を兼ね備えた資源といえる。
このレアアース資源泥を実際に開発することができれば、日本のみならず世界にとっても極めて重要な資源になると期待されます。また、レアアース資源泥は日本の主権がおよぶ排他的経済水域(EEZ)内にも存在している可能性が高く、その発見を最重要目標として研究を進めていく予定です。
【用語説明】
(用語1)レアアース
希土類元素(REE: rare-earth element)。原子番号57番のランタンから71番のルテシウムまでのランタノイド元素15元素の総称で、21番のスカンジウム(Sc)、39番のイットリウム(Y)を加えて17元素とすることもある。なお、原子番号59番のプロメチウムは自然界には存在しない。レアアースは独特な光学的特性や磁気的特性を持つことから、ハイブリッドカーのモーターに使われるNd-Fe-B磁石やLEDの蛍光体などの最先端グリーン・テクノロジー(省エネ・エコ技術)に不可欠な資源であり、今後も需要は増加の一途を辿ると予想されている。
(用語2)レアアース資源泥
本研究により発見された、レアアースを高濃度で含有する深海底堆積物。深度3,500 ~ 6,000 mの深海底に層状に広く分布する。海底の火山山脈(中央海嶺)の熱水活動によって放出された鉄質懸濁物質や、火山ガラス等が変質してできたフィリップサイト(ゼオライト(沸石)の一種)が、海水中のレアアースを吸着・濃集し、それらが堆積したものと考えられる。
(用語3)既存の海底鉱物資源
[1]熱水性硫化物鉱床:中央海嶺や日本近海の海底火山の熱水活動によって形成された硫化物鉱床。煙突状のチムニー群や、それらが崩れたマウンドといった独特の形状をとる。銅、亜鉛などを多く含有し、金、銀を含むこともある。
[2]マンガンクラスト鉱床:海山などの表面を、数~十数cmの厚さで被覆するマンガン酸化物鉱床。コバルトを多く含有し、コバルトリッチクラストとも呼ばれる。また、白金を比較的多く含む場合もある。
[3]マンガンノジュール鉱床:マンガン団塊とも呼ばれ、ハワイ沖やインド洋などの大洋底の堆積物上に広く分布するマンガン酸化物鉱床で、直径数~十数cmの球状や楕円状を呈する。銅、ニッケル、コバルトなどを多く含有する。
(用語4)レアアース含有量
レアアース含有量は一般的には百万分率(ppm: parts per million)で表す。総レアアース含有量 (ΣREY)として、ランタノイド15元素とイットリウムの合計値を用いる。
(用語5)陸上埋蔵量
「埋蔵量」とは、経済的、技術的に採掘可能な資源の量をさす。現在確認されている世界の陸上レアアース鉱床の総埋蔵量は1億1,000万トン(酸化物換算)である。
(用語6)ピストンコア
船上から5 ~ 20 m程度の金属の筒(ピストンコアラー)を落下させて海底から採取した柱状の堆積物試料。堆積物を乱さずに層序を保ったまま採取が可能。
(用語7)イオン吸着型鉱床
花崗岩が風化して形成された土壌中において、レアアースが粘土鉱物に吸着されて濃集した鉱床。中国南部(江西省、湖南省など)以外では見つかっていない。総レアアース含有量は500 ~ 2,000 ppm程度であるが、特に重要なレアアースであるジスプロシウム、テルビウムなどの重希土に富み、さらに薄い酸に浸出させるだけでレアアースの大部分が抽出可能という特長を持つ。世界の重希土のほとんどはこのイオン吸着型鉱床から生産されている。レアアース資源泥の総レアアース含有量(400 ~ 2,230 ppm)はイオン吸着型鉱床に匹敵しており、総重希土含有量(70 ~430 ppm)はイオン吸着型鉱床(50 ~ 200 ppm)の2倍程度と非常に高い。
(用語8)深海掘削計画/国際深海掘削計画
深海掘削計画(DSDP: Deep Sea Drilling Project)は1969 ~ 1983年、国際深海掘削計画(ODP: Ocean Drilling Program)は1985 ~ 2002年にかけて実施された。世界中の海洋底を掘削し、海底の岩石および堆積物を採取して研究する国際的な地球科学計画。プレートテクトニクスの実証、急激な気候変動の実態の解明、地下生命圏の重要性の認識などについて多くの実績を上げている。2003年からは統合国際深海掘削計画 (IODP: Integrated Ocean Drilling Program) に発展し、継続中。
(用語9)掘削コア
DSDP/ODPではボーリングによって海底掘削を行い、柱状のコア試料を採取している。これらは、テキサスA&M大学、ブレーメン大学、高知大学などに保管されており、研究者であれば申請することで自由に使用できる。
(用語10)独立成分分析
情報科学分野で目覚しい発展を遂げつつあるデータ解析手法の一つであり、データ構造の非正規性に注目し、内在される独立な特徴を抽出する。この概念・手法は、多変量データ、時系列データ、画像データ、音声データなど、データの形態を問わずに成立し、脳科学分野、情報通信科学分野などで幅広く応用されている。
(用語11)国際海底機構
International Seabed Authority(ISBA)。1994年11月14日設立。事務局はジャマイカのキングストン。国連海洋法条約により人類の共同の財産であると規定された深海底の資源の管理を主たる目的とし、国連海洋法条約及び第11部実施協定の規定に従って深海底における活動を組織し及び管理する機構(外務省HPより)。
(用語12)マイニングコード
国際海底機構が採択する、海洋底の資源についての「概要調査及び探査に関する鉱業規則」の通称。2000年にマンガンノジュール鉱床、2010年に熱水性硫化物鉱床のマイニングコードが採択された。2011年にはマンガンクラスト鉱床の規則が採択される見通し。
【発表雑誌】
“Deep-sea mud in the Pacific Ocean as a potential resource for rare-earth elements”
著者:Yasuhiro Kato*, Koichiro Fujinaga, Kentaro Nakamura, Yutaro Takaya, Kenichi Kitamura, Junichiro Ohta, Ryuichi Toda, Takuya Nakashima and Hikaru Iwamori
掲載誌:Nature Geoscience, published online on 3 July, 2011. (DOI 10.1038/NGEO1185)
図.1 太平洋におけるレアアース資源泥の分布(< 2 mの表層)と平均総レアアース含有量
(Kato et al., 2011 Nature Geoscience)
図.2 レアアース資源泥の深度分布(< 50 m)と総レアアース含有量(Kato et al., 2011 Nature Geoscience)
図.3 代表的なコア試料のレアアース資源泥の深度分布と総レアアース含有量(Kato et al., 2011 Nature Geoscience)
図.4 高濃度レアアース資源泥の推定分布海域と推定資源量
図.5 独立成分分析により推定されたレアアースホスト相(Kato et al., 2011 Nature Geoscience)
図.6 0.2 mol l-1 硫酸(上)および0.5 mol l-1 塩酸(下)を用いたレアアース抽出結果
硫酸は25℃、1時間、塩酸は25℃、3時間 (Kato et al., 2011 Nature Geoscience)
本件に関するお問い合せ先 |
岩森 光
大学院理工学研究科 地球惑星科学専攻 教授 |
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TEL | 03-5734-0000 |
ykato@sys.t.u-tokyo.ac.jp | |
FAX | 03-5734-0000 |
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