本学精密工学研究所の新野秀憲教授と吉岡勇人准教授のグループは,2008年3月に開発した1ナノメートル(10億分の1メートル)精度の超精密切削加工機「ANGEL」(Advanced Nano-pattern Generator with Large Work Area,図1)の更なる高性能化を進めている.2009年4月には,加工対象の傾斜角を1万分の1度単位で調整できる回転機構を発表した.成果の一部は2009年8月に,The International Academy for Production Engineering(国際生産工学アカデミー,CIRP)総会で発表されると共に年鑑に掲載される.
数十cmの素材をナノ精度で高速加工可能
ANGELは軟質金属だけでなくセラミックス,カーボン複合材,ファイバ強化材などの難加工材料もナノメートルオーダで切削加工できるように設計されている.加工対象のサイズは200mm×200mm×100mmで,装置全体は図1のように各辺2mの立方体に収まる.切削工具を高速回転させるスピンドル,ベース,テーブルまですべてが同研究室の設計によるもの.ベースを含む主要構造は低熱膨張のアルミナ(酸化アルミニウム)セラミックス製である.
対象を固定する平面運動テーブルは空気浮上させてリニアモーターで駆動するため,完全非接触状態でナノ精度の移動ができる.制振用にアクティブ・サスペンションが組み込まれており,総重量は1350kgである.
ナノ加工を可能にするためには,加工状態の認識とそれによる加工制御が重要になる.加工中の切削部分の微妙な温度変化を検出するために,ダイヤモンド工具の刃先先端に,スパッタリングによって微小な熱センサーを直接作製した.直径95mmの軟質金属ディスクの表面を加工するための所要時間は約2分程度で,この間の加工点近傍の温度上昇を一定に保持しながら最適加工条件で加工する適応制御加工に成功している.
ナノ加工用の制御ソフトウエアも作成した.吉岡准教授によれば,「機械工学的に最適な構造を設計したため稼動時の誤差が少なく,制御ソフトもとてもシンプル.制御分野でよく使われている数値解析用ソフトなどを使わず,学生による簡単なプログラミングで運動制御が可能」という.
金属加工機の設計思想を大転換
ANGELをはじめ同研究室が開発している加工機は最先端の機械工学・制御工学を取り入れたもので,従来の工作機械のイメージとは異なる点が多い.例えば,その構造的特徴のみならず,総重量の軽さは「ベースが重厚でないと精密加工はできない」という常識を覆すものだ.
こうした発想は19年前に試作した超精密旋盤「CAPSULE」で既に提示したものだ.CAPSULEは当時世界に先駆けてナノ・オーダーの精度を実現した加工機で,加工機全体を直径1.2mほどの卵形閉鎖構造のカプセルに収めたもので,軽量高剛性のハニカム構造のベッド(120kg),3点による空気支持を採用した.カプセル化したことで,設置場所の自由度が広がるほか,不活性気体などの様々な加工雰囲気中で超精密加工ができるというメリットがある.
ところが発表当時,CAPSULEに対する国内メーカーや研究者の反応は鈍かったという.「機械加工技術は既に完成したものだという誤解もあって関心が低かった.この状況は今も似ていて,国外でもナノ加工技術の研究者は少なく,ほとんどコンペティターがいない.ドイツ国内の工作機械メーカーが主要大学やフラウンホーファー研などとコンソーシアムを構成して研究を続けている程度だ.ナノやサブナノメートル・スケールの機械加工技術は早晩不可欠なものになると考えているが,そういう先進的な技術の研究は今あるニーズからは出てこない.今後も私たち自身が考えうる理想的な機械加工技術を追求する」という.
リアルタイム3次元加工に必要な計測技術も開発中
2009年4月からは加工対象を3次元計測する広域ナノ計測技術の開発にも着手した.ナノメートルサイズの加工精度を実現するにはサブナノメートル(0.1nm)での計測が必要だが,200mmの対象全体にわたってその精度でリアルタイム計測する技術は確立されていない.そのためこれまでは加工後に材料を測定機器に移して計測する必要があった.3次元ナノ計測が実現すれば加工機上でリアルタイムで補正しながら3次元ナノ加工が可能になる.「まず200~300ミリメートルサイズの加工対象全体をナノ精度で計測可能な機器を開発する.最終的にはメートルスケールの対象をナノ精度で3次元計測・加工するナノ加工マザーマシンを開発する」(新野教授)という.
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図1 1ナノメートルの精度で切削加工ができる「ANGEL」の全景 | 図2 平面テーブルは空気浮上とリニアモーター駆動により非接触で1nm精度の位置決め,駆動が可能 | 図3 1万分の1度単位で角度調整可能な |
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