本学応用セラミックス研究所 セキュアマテリアル研究センター 林克郎 准教授のグループは,高温の酸化ジルコニウム(注1)表面から真空中へ,高密度の原子状酸素が選択的に放出される事を発見し,その強い酸化反応性によって酸化源として用いる事ができる事を実証した.この成果から,真空プロセスなどで用いる事のできる取り回しの良い酸素ラジカル源を,低コスト・省エネルギーで実現する技術につながると期待される.本研究表題は,「Intense Atomic Oxygen Emission from Incandescent Zirconia」で,米国化学会刊行の科学雑誌「The Journal of Physical Chemistry C」に5月11日付けでweb版に掲載された.また,今回の成果の一部は6月16-18日の期間に応用セラミックス研究所が主催で,横浜市で開催する第三回先端セラミックス材料の科学技術に関する国際会議(STAC-III)で発表を行う.
=背景=
シリコンデバイスにおけるゲート酸化膜の低温形成,高温超伝導体などの金属酸化物新材料などの真空材料プロセスにおいては,高い反応性を持つ活性酸素(原子状酸素)照射による酸化反応促進が有効である.従来のプラズマ型原子状酸素源では,高周波によって生成させた酸素プラズマの中から,電子やイオンを取り除き,中性の酸素原子のみを外部に拡散させる手法が取られている.この手法は高い実績があるものの,高周波や冷媒の伝送が必要であり,設計・運用上の制約やコストなどの問題があった.固体を透過する酸素を起源として,固体から直接の原子状酸素や他の活性酸素種を得る考えは,これらの問題点を解決し得る手法の一つである.しかし関連する研究は一定の成果が上がっているものの,実用化への進展が滞っていた.
=研究成果=
今回,同研究グループは,酸化物イオンを伝導するジルコニア(注1)からの高密度の原子状酸素の直接脱離を観測し,この現象を用いた原子状酸素発生源を開発した.その概念と構造を図1に示す.ジルコニアは,室温では絶縁体であるが,高温で高い酸化物(O2-)イオン伝導性を持つ.本技術は,予熱によって導電性をもった直径2mmのジルコニアセラミックス管を直接抵抗加熱する事により,数十ワットの電力で1400-1800°Cの高温を発生している.省電力で高温を得る手法はネルンスト・ランプ(注2)に着想を得ている.研究グループは,このような高温の酸化物表面から原子状酸素が独占的に直接脱離することを,四重極質量分析計を用いた出現電圧モードと呼ばれる手法(注3)で直接的に証明した.この手法は,感度があまり高くないため,その適用は強い強度の原子状放出が前提となる.また,水晶振動子上で室温の銀薄膜を酸化さることで,放出流束を測定しており(図2),放出面あたりの強度(~1017atoms/cm2/s)では,プラズマ法を上回ることが明らかとなった.しかし,本手法では放射状の放出特性を持っているため,単体の放出源からの,基板等への照射強度としては下回る.これについては,小型の放出源を並べることで増強が可能になるという.技術的特長は以下のように要約される.
○ プラズマ技術で必要とされる,高周波電源,冷却系,希ガス等が不要であるため,安全性,運用性,省エネルギーに優れる.酸素ガスも,低純度でかまわず,原子状酸素生成分のみの消費に抑えられる.この特性は,高い真空度の維持や排気系のコスト削減にも貢献する.
○ 数十ワット程度の交流電源と微量ガス供給系で構成することができ,小型化に適しているため,限られたスペースに設置可能であり,並列化により任意の形態・面積への照射が可能になる.
○ 運転真空度の制限がなく,また超高真空プロセスにも対応できる.
○ 試作段階で700時間以上の運転を実証しており,低コスト・省電力性と合わせて,「運転し放し」に適している.
=発展性=
金属酸化物表面からの原子状酸素の直接脱離は,従来ほとんど認識がされていなかった.しかし,ジルコニア系の材料をはじめとした,金属酸化物表面からの原子状酸素の脱離は,自動車用触媒の酸素バッファー,化学工業における酸化触媒,固体酸化物燃料電池における燃料電池の電極反応などにも関わっている可能性があり,関連する分野の今後の研究の進展に影響を与えると考えられる.
研究グループでは,理論計算グループとの共同による現象の理解を進めるとしている.また,開発した原子状酸素放出源を用いて,実際にシリコン基板上への極薄酸化絶縁膜の形成を試みたところ,酸化温度の低減を確認しているほか,幾つかの応用展開について検討を始めている.
なお本研究は独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構) による産業技術助成(H17.1-H19.12)によって行われた研究活動の一環であり,関連する研究の一部は,文部科学省元素戦略プロジェクトに関する助成研究「ユビキタス元素共同戦略」においても継続されている.
(注1) 酸化ジルコニウム(ZrO2? ジルコニア): イットリウムなどを添加して相変態を制御することで,金属酸化物材料の中で最大の強度を持つものが得られる.融点は約2700°C.また,高い酸化物イオン伝導性を有するため,車載用や工業プロセス向けの酸素センサーで広く用いられている.固体酸化物燃料電池は,最も発電効率が高く,また十年以上の耐久性が実証されており,将来性が有望視されているタイプの燃料電池である.ジルコニアはその電解質部位の最有力材料でもある.
(注2) ネルンスト・ランプ: 熱化学に関する業績でノーベル賞を受賞したドイツ人物理学者ヴァルター・ネルンスト (1864-1941)の発明による.ネルンストは,その名を冠した公式などで知られているように,物理化学,電気化学,固体化学,光化学などに多大な貢献をした.酸化物セラミックスをフィラメントに用いたネルンスト・ランプは当時主流のカーボン・フィラメントより効率がよく,タングステン・フィラメント・ランプの登場まで人気を博した.また,ネルンスト・ランプの発明は固体中でのイオン伝導の発見につながった.
(注3) 出現電圧: 酸素分子の出現電圧は18.4 Vであり,18.4 eV以上のエネルギーを持つ電子の衝突によって,解離イオン化することに対応する.原子状酸素のイオン化に必要な最低エネルギー13.6 eVとの間のエネルギーにイオン化のための電子のエネルギーを設定することで,酸素分子に妨害されることなく,原子状酸素のみを,質量分析器で検出することができる.
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図1 固体酸化物イオン伝導体(ジルコニア)からの原子状酸素放出のしくみ. | 図2 微小重量計として働く水晶振動子センサー上の銀薄膜.左は原子状酸素照射前,右は室温での照射後で全て酸化銀になっている. |
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