【概要】
東京工業大学大学院総合理工学研究科の沖野晃俊准教授は,手術用吸入麻酔に使用した後の余剰麻酔ガスを大気圧熱プラズマにより高効率に 分解処理する装置を開発した。麻酔ガスの主成分としてに使われている亜酸化窒素(笑気ガス)は,二酸化炭素の298 倍の温暖化係数を持つ地球温暖化ガスであり,また最大のオゾン層破壊物質とされている。しかし,国内では1年間に約800 トン(二酸化炭素換算で約24.5 万トン)の麻酔ガスが,ほとんど未処理のまま大気中に放出されている。開発した装置は3 室分の手術室から排出される亜酸化窒素を99.9%以上分解し,無害化できる。
今回の麻酔ガス分解装置は沖野研究室で開発したマルチガス熱プラ ズマ源を用いて小体積の高温高密度プラズマを生成することで,高いエネルギー効率で麻酔ガスの分解処理を実現した。プラズマを生成するための追加のガスや 貴金属触媒や燃料も必要なく,かつ二酸化炭素の排出もない。分解されたガスは窒素と酸素になって排出される。
この成果を長崎大学文教キャンパスで開かれている応用物理学会学術講演会で17日に発表する。
●本成果の意義
手術用麻酔ガスに用いられている亜酸化窒素(笑気ガス)は,二酸化炭素の298 倍の温暖化係数を持つ地球温暖化ガスであり,また最大のオゾン層破壊物質とされているが,大部分は手術室から無処理で排出されているのが現状。そこで新エ ネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の産業技術研究助成事業の一環として,手術用吸入麻酔に使用した後の余剰麻酔ガスを大気圧熱プラズマによって 高効率に分解処理する装置を開発した。
(1)分解処理に使用した大気圧マルチガス熱プラズマ源について
ここ数年,真空容器を必 要としない大気圧プラズマの開発が注目されている。大気圧プラズマは真空容器の開閉を必要としないため,連続的な処理が可能。また,従来の低気圧プラズマ よりも高密度のプラズマを生成できるため,プラズマプロセシングにおける,各工程の高速化や材料の低減,低コスト化などが期待できる。しかし,大気圧下で プラズマを生成することは原理的に容易でないため,これまでに開発されている大気圧プラズマ装置は,使用できるプラズマガスがアルゴン,ヘリウムなどのプ ラズマ化しやすいガスに制限されていた。今回使用したマルチガスプラズマ源は沖野研究室で開発した高周波誘導結合プラズマの一種で,アルゴン,ヘリウム, 窒素,酸素,二酸化炭素,亜酸化窒素,空気やそれらの混合ガスを安定に熱プラズマ化できる。
(2)大気圧マルチガス熱プラズマ源を用いた麻酔ガスの直接分解処理について
亜酸化窒素は600℃程度で分解できるため,処理自体は困難ではないが,従来の大気圧熱プラズマを用いたガス分解手法では,アルゴンやヘリウムなどのイオ ン化しやすいガスでプラズマを生成し,分解したいガスを少量だけプラズマ中に導入する手法がとられていた。このため,高コストでかつ,エネルギー効率が低 いという問題があった。しかし,上記の大気圧マルチガス熱プラズマ源を用いることにより,余剰麻酔ガスそのもので熱プラズマを生成することができるように なり,99.9%以上の亜酸化窒素分解率と,1kWh 当たり処理量942 g の高いエネルギー効率を達成することに成功した。このエネルギー効率は,これまでに市販されている触媒法や燃焼法を用いた従来装置と比較しても,5 倍以上高い値となっている。この装置で手術室3室分の麻酔ガスを分解処理できる。
(3)二酸化窒素の排出低減について
熱プラズ マを用いた処理法の問題点としては,二次生成物としての二酸化窒素の発生があった。その量は一時間あたり13 g(手術一室あたり)であり,ディーゼルトラックの排出ガス規制値の2 倍程度と少量。二酸化窒素は約2500℃?5500℃の温度領域で発生するため,今回は約7000℃の熱プラズマに水をスプレー状に噴霧することで約 50℃まで急冷した。その結果,二酸化窒素の発生量を1/15 に低減,さらにプラズマ処理後のガスを水に通して吸着処理することで,約1/10 に低減することができた。2 つの方法を併用することにより,二酸化窒素を1/150に低減することが可能となり,1 時間あたり0.1g 以下の排出を実現した。
(4)今後の展望
これまでに,触媒法や燃焼法を用いた麻酔ガス分解処理装置が開発・市販されているが, 触媒・燃料・電力などのランニングコストが高い,装置コストが高い(4000万円程度),装置サイズが大きく(4立方メートル程度),新規の設置が容易で はない,といった問題があり,普及には至っていない。開発した本装置は,従来装置の5倍以上の高効率を達成している。また,実用化の際には,本体価格は 1500万円程度,大きさは約1立方メートルを実現できると考えており,医療施設への普及が期待できる。
本装置の手術室への導入が進めば,地球温暖化とオゾン層破壊を引き起こす亜酸化窒素の排出低減に寄与する。今後は分解効率の向上や装置の小型化を行うとともに,岐阜大学医学部の小倉真治教授と協力して,病院での実地試験を計画している。
また,手術用麻酔ガスにはハロゲン元素を分子内に含むセボフルランあるいはイソフルランを混合して使用されることがあり,従来装置ではこれらを事前除去し てから亜酸化窒素を分解する必要があった。熱プラズマ源ではこれらの物質を亜酸化窒素と同時に分解処理できる可能性があるため,処理実験を継続していく方 針。
A社 | B社 | C社 | D社 | 本装置 | |
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現状 | 販売中 | 生産中止 | 生産中止 | 開発中止 | 新規開発 |
処理方式 | 触媒法 | 触媒法 | 燃焼法 | 非平衡プラズマ | 熱プラズマ |
手術室対応 | 4 室対応 | 1 室対応 | 5 室対応 | 1 室対応 | 3 室対応 |
亜酸化窒素処理量 | 16 L/min | 4 L/min | 24 L/min | 4 L/min | 12 L/min |
燃料使用量 | 0 | 0 | 126 MJ/h | 0 | 0 |
使用電力 | 12 kW | 3 kW | 35 kW | 20 kW | 2 kW |
分解効率 | 150 g/kWh | 150 g/kWh | 80 g/kWh | 35 g/kWh | 942 g/kWh |
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図1:通常の熱プラズマを用いたガス分解法 アルゴンプラズマなどの中に少量の処理対象ガスを混合 | 図2:マルチガス熱プラズマを用いたガス分解法 処理対象ガスそのもので熱プラズマを生成 | 図3:水噴霧による熱プラズマの急冷(左:水噴霧なし,右:水噴霧による急冷あ |
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