東京工業大学グローバルエッジ研究院の上野雄一郎助教らの研究グループは,硫黄安定同位体の解析により,地球初期の大気中に硫化カルボニルと呼ばれるガスが現在の1万倍以上含まれていたことを明らかにした。25億年以上前の太陽は現在より20%以上暗かったのにも関わらず,当時の気温はむしろ高かったことが知られている。硫化カルボニルは今まで見過ごされて来たが,二酸化炭素やメタンよりも強力な温室効果を持つため,初期地球の気候を温暖に保つのに重要なガスであったことを突き止めた。生物進化と共に劇的に変化して来た地球大気の変動を理解するうえで極めて重要な研究成果である。25億年以上前の大気は酸素を含まず,現在と全く異なっていたと考えられているが,詳しい化学組成は不明であった。同研究グループは大気中で起る光化学反応が質量数の異なる硫黄の存在度を変えることに着目し,その過程をコペンハーゲン大学と共同で解明した。これをもとに地層に記録された同位体組成を数値実験により再現したところ,当時の大気は一酸化炭素が二酸化炭素よりも多く,かつ硫化カルボニルが含まれていたことが分かった。
●研究の背景と本成果の意義
46億年の地球史の前半は大気中に酸素がなく,嫌気的な微生物が生息した時代であったと考えられているが,その生息環境については不明な点が多い。25億年よりも前の地球は温暖であったことが地質記録から明らかにされているが,当時の太陽はむしろ現在より20%以上暗く海洋が凍結するほどであったとする理論予測とは矛盾しており,「暗い太陽のパラドクス」と呼ばれている。
この問題は初期大気が現在より桁違いに多い量の温室効果ガスを含んでいれば説明がつくとされている。従来,当時の地球を暖めた原因としてアンモニア,二酸化炭素,メタン等の温室効果ガスが候補にあげられてきたが,いずれも矛盾を説明するほどの量は存在し得なかったと指摘されており,未解明のままだった。
一方,古大気の組成を読み解く手がかりとして硫黄の安定同位体が注目を集めている。近年,25億年以上前の地層から質量数33の硫黄が異常に濃縮した鉱物が多く発見されたためである。この異常濃縮を引き起こす原因は大気中で紫外線照射によって起きる光化学反応であることが知られていた。しかし地層に記録された同位体異常を実験によって正確に再現することには誰も成功していなかった。
同研究グループはコペンハーゲン大学と共同で分光学実験を行い,光化学反応で生じる硫黄同位体の異常が照射される紫外線の波長によって異なることを明らかにした。大気を通過する紫外線は大気中の様々な分子がそれぞれ固有の波長領域を吸収する事によって変化する。そのため同位体異常を調べると過去の大気中にどの分子が存在したかが予測できることが分かった。この新しい方法を用いて古大気の解析を行ったところ,当時の大気は還元的で酸素(O2)を含まないこと,一酸化炭素(CO)が二酸化炭素(CO2)よりも多かったこと,また硫化カルボニル(COSもしくはOCS)が現在の1万倍以上含まれていたことが明らかにされた。現在の硫化カルボニルの大気中濃度は0.5ppbと極めて低いためにこれまで見過ごされて来たが,硫化カルボニルは強力な温室効果ガスである。その効果は二酸化炭素よりも1000倍以上大きいため当時の温暖な気候を維持する原因になっていたと考えられる。また約29億年前と24億年前の二度,大規模な地球寒冷化が起こり,一時は海洋の大部分が凍結したことが知られている。この寒冷化をもたらした原因は明らかではないが,硫化カルボニル濃度の減少が関わっている可能性が高い。古大気組成を探る新しい方法ができたことで,今後,生命の起源とその進化を理解する上で重要な古環境研究が展開できると期待される。
●発表予定
この成果は,8月17日に米国科学アカデミー紀要Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA電子版に掲載される予定である。
【用語説明】
用語1:安定同位体
質量数の異なる原子で,放射壊変せず安定に存在するもの。硫黄は質量数32? 33? 34および36の四種類が存在する。これらの量比は化学反応等によってわずかに変化するが,中でも光化学反応は特定の同位体が異常に濃縮することが近年明らかにされているため,古大気の指紋として使えるのではないかと予測されていた。
用語2:硫化カルボニル
化学組成COS(もしくはOCSと表記される)。硫黄化学種のなかでは現在の対流圏で最も安定な気体。硫化水素や二酸化硫黄などよりも大気中での寿命が長いく、成層圏まで達する。濃度が高い場合は紫外線の特定波長部分を遮るため、波長依存性のある質量数33の硫黄同位体の異常濃縮を引き起こす。現在の大気中でCOS濃度は0.5ppbしかないが、1万倍以上の濃度ではメタンや二酸化炭素に勝る温室効果ガスとなる。
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