東京工業大学大学院総合理工学研究科の八島正知准教授ら,九州大学工学研究院の石原達己教授ら,及び物質・材料研究機構量子ビームセンターの泉富士夫NIMS特別研究員らは共同で,高温中性子回折データの精密解析によって,混合伝導体,Pr2NiO4系酸化物 (Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δにおける酸化物イオン(O2-)の拡散経路(移動経路,伝導経路)及び空間分布を世界で初めて可視化することに成功した.Pr2NiO4系酸化物はメンブレン反応器の酸素透過膜や低温作動型固体酸化物形燃料電池(SOFC)の電極として有望な材料である.この研究成果はK2NiF4型混合伝導体のデザインに役立ち,メンブレン反応器およびSOFCの性能向上,研究開発のスピードを加速することが期待される.
《研究の背景と経緯,意義》
酸素分離膜はメタンの高度利用のための化学変換技術の鍵となっている.Pr2NiO4系酸化物は九州大学石原達己教授らの研究グループにより,メタンを部分酸化する酸素分離膜として研究されてきた.酸素分離膜の最も重要な特性は,その酸素透過性にある.Pr2NiO4系酸化物の中でも化学組成(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δは巨大な酸素透過性を示すことから,その構造的要因が謎となっていた.ここで発表する研究成果により巨大な酸素透過性の謎を解くことができた.
(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δは図1に示すような,いわゆるK2NiF4型構造を有している.K2NiF4型構造を有するPr2NiO4系酸化物やLa2NiO4系酸化物は酸化物イオン-電子混合伝導体である.K2NiF4型混合伝導体は,環境問題やエネルギー問題を解決する次世代の燃料電池の電極として有望な材料であり,内外で研究が推進されてきた.K2NiF4型酸化物の高いイオン伝導度,ab面上の伝導度がc軸に沿った伝導度よりずっと高いというイオン伝導度の異方性の構造的要因が謎となっていた.ここで発表する研究成果により高いイオン伝導度とその異方性の謎を解くことができた.
《本研究の取組みと成果》
本研究では,酸素透過性と熱安定性に優れたランタン,銅およびガリウムを添加したPr2NiO4酸化物 (Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δを 試料に用い,高温中性子回折によりデータを取得し,構造解析を実施した.測定用試料の作製は九州大学石原研究室が行い,高温中性子回折測定は東工大の八島 研究室が物材機構の泉らと協力して行った.X線の代わりに中性子を用いることで,電子による擾乱を避けて,原子核の分布を捉えることに成功した.また,測 定試料を高温に保持したままで測定できる高温加熱装置を利用し,もともと酸化物イオン伝導度が高い材料を最高1015.6℃という高温で測定したため,常 温ではわからないイオンの分布を鮮明に捉えることができた.得られた高温中性子回折データを八島研究室で結晶構造解析法の一つであるリートベルト法,情報 理論に基づく最大エントロピー法,全パターンフィッティングを組み合わせたMPF法(MEM-based Pattern Fitting method)により解析し,結晶構造内の酸化物イオンの複雑な三次元分布を導き出すとともに,酸化物イオンの分布状態を可視化することに成功した.その 結果,酸化物イオンは結晶構造内で,連続的に広い範囲に渡って分布していることが判明し,酸化物イオンの拡散経路を明らかにすることができた.可視化され た酸化物イオンO2-の拡散経路は図1および図2のO2-O3-O2のように曲がりくねってab面内を2次元的に移動することがわかった.O3酸素原子は過剰な酸素原子で(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δ のδ = 0.0154(3)に相当している.O2酸素原子は円盤状の大きな異方性を示す.円盤状のO2酸素原子と格子間のO3酸素原子が高い酸素透過性のポイント であることがわかった.さらに,温度を変えた実験も行い,温度依存性のデータも取得した.図2に示すように,低い温度では局在していた酸化物イオンが温度 の上昇と共に拡がって,O2-O3-O2のように連結して移動し易くなることがわかった.これは酸素透過性が温度上昇と共に向上する原因になっている.
なお,中性子回折測定には,日本原子力研究開発機構・東海研究開発センター・原子力科学研究所の研究用原子炉JRR-3Mに設置されている東北大学・金 属材料研究所の中性子回折装置(HERMES,装置責任者:大山研司准教授)を利用した.試料を加熱した状態で測定する際には,東工大の八島らと東北大の 山口泰男名誉教授らが共同開発した高温加熱装置(最高使用温度1600℃)を用いた.
今後は,この研究成果を活用してK2NiF4型混合伝導体を開発する.また,メンブレン反応器と燃料電池用途ばかりでなく,さまざまな機能材料および構造材料の最適設計に,本構造解析法を応用して役立てる予定である.
本研究成果は,米国化学会が出版している国際的な学術誌 Journal of the American Chemical Society (ジャーナルオブアメリカンケミカルソサエティ)誌の速報(Communications)のWeb版に「Structural Disorder and Diffusional Pathway of Oxide Ions in a Doped Pr2NiO4-Based Mixed Conductor」という表題で2008年2月に掲載される.
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