東京工業大学大学院理工学研究科電気電子工学専攻 水本哲弥教授は,日本学術振興会特別研究員(本学 同専攻)庄司雄哉研究員とともに,シリコン光回路で高速な光信号転送を実現するために必要不可欠な光アイソレータを世界で初めて実現した.世界的に活発に 研究開発が進められているシリコンフォトニクスに,新しい可能性をもたらす成果として期待される.
<研究の背景>
電子 デバイスの高速化にともない,従来の電気配線ではチップ間の信号転送がこれに追いつかないという問題が顕在化しつつある.これを解決するためのキーテクノ ロジとして,シリコン電子デバイス間を光配線で接続し,光で信号転送を行うシリコン光回路1)が提唱され,世界的な半導体メーカーであるインテル社をはじ め多くの研究機関で精力的に研究開発が進められている.
シリコン光回路で信号を伝送するためには,光配線の他に発光素子,受光素子が基本的な構 成要素として必要である.発光素子から出射された光信号がシリコンで形成される光配線を伝わり,受光素子に入射して信号として転送される.シリコンは屈折 率が非常に高いため,従来の光配線では困難であった微小な曲げも可能であり,電気配線と同様の微細な配線を形成することができる点に特徴がある.また,光 配線を分岐して,同一の光信号を必要個数に分配することも得意であり,電気信号では困難な複数チップへ高速クロックを同期して転送することができる.昨 年,インテル社とカリフォルニア大学サンタバーバラ校の共同研究によって,光ファイバ通信で用いられている半導体レーザと同等の発光素子をシリコン光回路 上に形成する成果が発表され,シリコン光回路の研究開発が活発化している.
<研究の成果>
発光素子から受光素子に至る 光回路の中で光信号の反射が発生し,これが発光素子に逆入射すると光雑音の発生原因となり,高速な光信号の転送にとって重大な問題を引き起こすことが知ら れている.これは,高速な光信号を用いて通信を行う光ファイバ通信でも指摘されている問題であり,これを解決するために光アイソレータ2)という素子を発 光素子や光増幅素子の出射側に配置している.すなわち,光アイソレータは発光素子や光増幅素子から出射する光信号を通過させて外部の光回路にこれを伝える が(順方向伝搬),外部光回路から逆方向に伝搬して発光素子や光増幅素子に入射しようとする光信号(逆方向伝搬光)を阻止する機能を提供する.
光信号に対してこのような機能を実現するためには,磁気光学効果3)を発現する特殊な材料を用いる必要がある.特にシリコン光回路で使用する波長領域で は,光損失が小さく,大きな磁気光学効果をもつ磁気光学ガーネットという材料が有効である.しかし,磁気光学ガーネットとシリコンは物性が大きく異なるた め互いに結晶成長することが極めて困難であり,光アイソレータをシリコン光回路上に形成することができなかった.
今回,東京工業大学グループ は,直接接合法という手法で磁気光学ガーネットをシリコン光回路上に集積化し,世界で初めて光アイソレータ機能をシリコン光回路で実現した(図1).すな わち,真空チャンバ中で磁気光学ガーネットとシリコンにプラズマを照射して結晶の表面を活性化し,真空チャンバ内で接合する方法を用いた.この方法を用い ることによって,一般的には異種結晶を接合する際に必要となる高温熱処理にさらすことなく異種結晶を接合することができるため,シリコンと磁気光学ガー ネットのように熱膨張係数などの物性が大きく異なる二つの結晶の接合に適している.
逆方向に伝達しようとする光信号の阻止特性を表すために,光 信号が逆方向に伝搬する場合の透過率と順方向に伝搬する場合の透過率の比をデシベル(dB)単位で表すアイソレーション4)が用いられる.今回試作した光 アイソレータにおいて,最大21dBのアイソレーションが実現できた(図2).これは,実用上も十分な性能といえる.今後,素子の作り込みを進めること で,いっそうの特性向上が可能である.
<社会への波及効果と今後の展開>
シリコン光回路は,シリコン電子デバイス間, 電子回路ボード間など,電気配線では困難な高速信号を並列に転送する機能を実現するものであり,電気配線のボトルネックを解決する手段として注目を集めて いる.また,光回路の小型化という特徴を活かして,既存の光ファイバ通信用光回路への応用も期待されている.今回の研究成果は,電子回路の高速化にとって 障害となる配線問題を解決することで電子回路のいっそうの高速化を促進するとともに,通信システムの小型化,低消費電力化に大きく寄与する.学術的にもシ リコンフォトニクスという新分野が形成され,研究開発が活性化してきている.今回の光アイソレータ開発によって,シリコン光回路の開発,シリコンフォトニ クスの研究がいっそう活発化すると思われる.
今後は,今回の成果を基礎として,光アイソレータを発光・増幅などの機能を有する他の光素子と集積化し,シリコン電子集積回路と同様に,シリコン光集積回路の開拓へ発展することが期待される.
<発表雑誌>
本研究成果は,日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(B)(研究代表者・水本哲弥)と同・特別研究員奨励費(研究代表者・庄司雄哉)の研究成果であ り,Applied Physics Letters誌(2月25日発行)に掲載予定である.また,米国サンディエゴで2月25日から開催される光ファイバ通信関係の主要な国際会議の一つであ るOptical Fiber Communication Conference (OFC 2008)でも発表予定である.
[用語説明]
1)シリコン光回路
シ リコンは光ファイバ通信に用いられる波長領域で光吸収が小さく,光を比較的長い距離にわたって伝送することができる.また,シリコンの屈折率が高く,その 周りをシリカなどで覆っても,光を十分にシリコンの中に閉じ込めることができる.この性質を利用すると,ミクロンオーダーの曲率半径でシリコン光配線を曲 げても,ほとんど外に漏れることなく光を伝送することができ,光配線を自在に引き回すことが可能になる.これらの特徴を活かして,電気配線に代わって光で 信号を転送する光配線や,光通信用光回路の小型化などに用いられることが期待されている.
2)光アイソレータ
光を一方向にだけ伝え,逆方向から入射する光を遮断する機能をもっている.すなわち,アイソレータの順方向入射側に配置した光素子(通常は発光素子や増幅素子)を,逆方向に入射する光から遮断(アイソレート)するため,アイソレータという名称で呼ばれている.
3)磁気光学効果
磁化された磁気光学材料中を光波が伝搬する際に,伝搬方向によって偏波の回転や伝搬速度が異なるという現象が発生する.これを総称して,磁気光学効果とよぶ.
4)アイソレーション
光信号が逆方向に伝搬する場合の透過率と,順方向に伝搬する場合の透過率の比をデシベル(dB)単位で表し,逆方向に伝達しようとする光信号の阻止特性を表す.
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