1.概要
JST基礎研究事業の一環として,細野 秀雄(東京工業大学 フロンテイア研究センター 教授)らは,新系統の高温超伝導物質(鉄を主成分とするオキシニクタイド化合物LaOFeAs)を発見しました.
2.経緯・意義
(1)超伝導は,ある温度(転移温度)以下で,電気抵抗がゼロになる現象で,超低損失送電,強磁場発生,電子素子内配線などへの応用が期待され,その実現のために転移温度が高い超伝導物質の探索研究が精力的に進められています.
(2)1911年にオンネスが初めて超伝導現象を発見して以来,金属系の超伝導物質として,Nb3Snなどが開発され実用化されてきました.これらの金属系超伝導物質としては,2001年に秋光らによって発見されたMgB2の39Kが最高の転移温度です.これに対して,1986年にベドノルツとミューラーが発見した銅酸化物の系統は,発見当初の転移温度が約30Kで,その後20年間精力的に材料探索が続けられた結果,現在では高圧下で約160Kまで上昇しています.
(3)今回発見された新高温超伝導物質は,上記金属系超伝導物質,銅酸化物系超伝導物質とは異なる第3の新しい超伝導物質系であり,新規超伝導物 質としては30Kを越える高い転移温度が特徴です.LaOFeAsは,電気絶縁性であるLaO層と金属的伝導を示すFeAs層が交互に積層された結晶構造 を持つ層状化合物です.純粋なLaOFeAsは,低温にしても電気抵抗がゼロとならず,超伝導は示しません.しかし,同化合物にフッ素イオンを添加するこ とで超伝導を示すようになります.転移温度はフッ素イオン添加量に依存し,フッ素イオン濃度が11原子%の時,転移温度は32Kにまで上昇します.この転 移温度は,従来見出されていた鉄系超伝導体の転移温度をはるかに凌駕するものです.さらに,ごく最近の予察的な実験データでは,転移温度が50K程度まで 上昇することが示唆されています.また,同じ結晶構造を持つ数多くの類型化合物群が存在することから,物質定数の最適化が可能で,更なる高温化が期待され るます.よって,本成果は高温超伝導材料の新鉱脈の発見であると考えられます.
(4)本研究成果は,米国化学会誌「J. American Chemical Society」オンライン版に速報として掲載されます.
3.有識者コメント( 福山秀敏 東京理科大学 理学部 教授 )
遷移金属の鉄が,V属のリンやヒ素という元素と一緒になることで,鉄が関与し ているのに磁性体にならず,常圧でこれほど高い温度で超伝導の特性を示したことは初めての現象である.フッ素をキャリアドープしていることで何か違う現象 が起こっているかもしれないが,リンやヒ素が共有結合のような形で動ける電子があるのかもしれない.今までの高温超伝導物質とは全く違う新しい物質である と感じている.
4.今後の対応
JSTは,今後早急に東京工業大学と連携して,本研究の一層の推進を図るための措置をとっていくこととしています.
本成果は,以下の事業・研究プロジェクトによって得られました.
戦略的創造研究推進事業 発展研究(ERATO-SORST)
研究プロジェクト:「透明酸化物のナノ構造を活用した機能開拓と応用展開」
研究総括 :細野秀雄(東京工業大学 フロンテイア研究センター 教授)
研究期間 :平成16年10月~平成21年9月
本プロジェクトは,ERATO「細野透明電子活性プロジェクト」(平成11年10月~平成16年9月)で得られた研究成果を発展させ,酸化物お よび関連化合物の結晶構造中に内包されたナノ構造を有効に活用し,透明半導体,フレキシブル薄膜トランジスタ,光機能等の新機能材料を開拓しています.
<研究の背景>
超伝導現象が発見されたのは,1911年のことです.水銀を極低温まで冷やしてゆくと,電気抵抗がゼロになるという現象を発見し ました.それ以来,様々な金属材料で,この現象が調べられ,より高い転移温度の材料が発見されました.金属系材料としては,現時点では,2001年に秋光 らによって発見されたMgB2(2ホウ化マグネシウム)が39Kと最高の転移温度を示しています. これに対して,1986年にベ ドノルツとミューラーが発見した銅酸化物の系統は,発見当初から約30Kという高い転移温度を示したこと,セラミックスという絶縁体が超伝導を示すという 驚きにより,超伝導研究フィーバとも呼べる現象を引き起こしました.その結果,短期間に,物質探索が進み,液体窒素温度(77K)を越える物質も発見さ れ,室温超伝導も夢ではないのではないかと思われた時期もありました.しかし,1993年の銅水銀系酸化物での転移温度(130K 常圧力,160K 高 圧)を最後に,記録の更新は止まっています.(図1)
超伝導状態では,電気抵抗がなくなるため,強力な電磁石や低損失送電,低損失電子デバイスなどの実現できます.その応用は計り知れないと期待されていますが,動作温度の低さがその実用化を制限しており,より高い転移温度の材料開発が期待されています.
<研究内容と成果>
本プロジェクトでは,LnOM Pn(Ln=ランタン系列元素,M=遷移金属,Pn=P,As,Sb)系化合物の系統的な機能探索を行ってきました.この層状化合物は,絶縁層である LnOと半導体層であるMPnが交互に積層した結晶構造であり,興味深い性質の発現が期待されています.
この化合物の結晶構造とX線回折パターンを図2(a)に示します.図2(b)には,この化合物の酸素の一部をフッ素に置換したもの(F- doped)とそうでないもの(undoped)のX線回折パターンを示しました.この図より,フッ素置換をしても基本構造に変化のないことが分かりま す.図3には,電気抵抗(a)と磁化率(b)の温度変化を示しています.フッ素置換していない材料(undoped)では,温度を下げていっても抵抗や磁 化率に急激な変化はなく,超伝導転移を起こしていないことが分かります.これに対して,フッ素置換したものは,30K付近で抵抗が急速に小さくなる現象が 観測されました.これに対応して,磁化率も大きく減少し,負の値を示しています(反磁性).ゼロ抵抗と大きな反磁性が観測されたことから,この温度領域 で,超伝導転移が起こったことが確認されました.
図4には,フッ素置換の割合と転移温度との関係をまとめています.フッ素置換されていない材料では,超伝導転移が見られませんが,置換量が3% を越えると,超伝導状態が発現し,11%近辺で,転移温度が最大となっていることが分かります.LaOFFeAs系では,最大32K(Tonset)の転 移温度が得られました.
<今後の展開>
今回の発見に先立ち,同グループは,同系統のLaOFePが超伝導物質であることを一年半前に発見していますが,その転移温度は 5K程度でした.その組成を一部変更することで,転移温度が一挙に向上したことから,この系統の高い可能性が示唆されています.本系統の化合物 は,Ln[O1-xFx]M Pn(Ln=ランタン系列元素,M=遷移金属,Pn=P,As)と一般式で表すことができますが,元素の入れ替え,フッ素の置換割合の調整,圧力などの物 理的条件の調整など,探索すべき条件は多く,まだほんの一部の可能性を探索したに過ぎません.今後,探索が進むにつれ,より高い転移温度が得られると期待 されます.
<論文名>
"Iron-based layered superconductor La[O1-xFx]FeAs(x=0.06-0.12) with Tc=26K"
(Tc=26Kを持つ鉄ベース層状超伝導物質La[O1-xFx]FeAs(x=0.06-0.12))
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図1)超伝導転移温度の年度推移 図2)LaOFeAsの結晶構造(a)とX線回析パターン(b) | 図3)電気抵抗(a)と磁化率(b)の温度依存性 | 図4)超伝導転移温度のフッ素イオン濃度依存 |
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