東京工業大学大学院生命理工学研究科生命情報専攻 川上厚志准教授,同生体システム専攻 広瀬茂久教授らの研究グループは,先天性心疾患1) とよく似た心臓の形成異常を起こす変異ゼブラフィッシュ(熱帯魚)をモデルとした研究で,コネキシン2) という細胞膜上タンパク質のひとつがNKX2.5タンパク質を心臓で作らせるのに必要であることを明らかにし,この研究成果を全米科学アカデミー会報に発 表した(3月10日 オンライン版).
中隔欠損をはじめとする先天性心疾患はヒト新生児の100人にひとりの高率で見られる心臓の形成 異常症候群である.先天性心疾患の原因には様々の要因が知られているが,遺伝的な要因の一つに心筋の作るNKX2.5というタンパク質の変異が知られてい る.研究チームは人工的に作製した先天性心疾患と似た症状を示す突然変異体を調べ,変異した遺伝子は心臓形成時にだけ作られる新しいタイプのコネキシンタ ンパク質であることを明らかにした.研究チームが調べた変異ゼブラフィッシュでは,最初心臓は正常に形成されているように見えるが,そのうち心筋壁が薄く なって拡張し,先天性心疾患と同様,最後には心臓壁に穴が開いて血液が漏れだしてしまう.心筋の細胞を調べると,拍動の向きに整列して形成される筋繊維が 変異体ではバラバラの向きになっており,このような心筋細胞の極性異常が心臓異常の主な原因であると考えられた.さらに驚くことに,この変異体では心臓の NKX2.5が消失しており,NKX2.5を変異体にもどすと心臓は正常に形成された.従って,コネキシンの働きによって心筋細胞はNKX2.5タンパク 質を生産し,これによって心臓の正常な形と機能の形成が進むことがわかった.
今回の研究から,正常な心臓を作る際のコネキシンとそれに よって誘導されるNKX2.5タンパク質の役割が明らかになった.この結果は,将来,先天性心疾患の診断,予防,治療法の開発に繋がる可能性があ る.NKX2.5タンパク質を作り始めるには,細胞表面のコネキシンを介して何らかの生体内の信号が伝わると考えられ,この信号の実体が解明されれば,先 天性心疾患の治療だけでなく,心筋梗塞後の心筋の活性化や老化などの防止もできるようになるかもしれない.
<研究の背景>
胎児 の心臓ははじめ1本の管として現れ,この管が曲がったり,ねじれたりして,この中に仕切りができて,心房や心室や4つの弁などが完成する.この途中で障害 を受けると,心房や心室の壁が十分にできずに孔が残り,中隔欠損などの先天性心疾患を発症する.複雑な形態を持っている心臓は発生中のエラーが生じやす く,最も進化したヒトでは実に新生児の1%に何らかの先天性心疾患があると推計されている.これまでに,心臓の形成にはNKX2.5という遺伝子の転写を 調節するタンパク質が心臓で働く必要があり,これらのタンパク質に変異が起きると先天性心疾患が起こることがヒトの遺伝学研究などでわかっていた.
今回,研究チームはゼブラフィッシュという熱帯魚をモデルとした研究から,NKX2.5タンパク質を心臓で作らせるのにはコネキシンという細胞表面で働く タンパク質の作用が必要であることを明らかにした.心臓を構成する心筋などの細胞の発生過程は,近年比較的解明が進んできたが,これらの細胞がどうやって 複雑な形態と機能を持つ心臓を作るのかよくわかっていない.研究チームは,心臓の形と機能の形成に重要な未知の分子と作用を遺伝学的な方法で明らかにしよ うと考え,ゼブラフィッシュという熱帯魚を使って人工的に突然変異体を作り,そのうち先天性心疾患と似た症状を示す変異体を調べて,原因となっている変異 タンパク質とその働きについて調べた.
<研究の成果>
研究チームが調べた変異ゼブラフィッシュでは,最初心臓は正常に形成され ているように見えるが,そのうち心筋壁が薄くなって拡張し,先天性心疾患と同様,最後には心臓壁に穴が開いて血液が漏れだしてしまう.心筋の細胞をよく調 べると,拍動の向きに整列して形成されるはずの筋繊維が変異体ではバラバラの向きになっており,このような心筋細胞の極性の異常はこの変異体での先天性心 疾患発症の主な原因であると考えられた.
研究チームは,変異した遺伝子を明らかにするのに成功し,これが心臓形成時にだけ作られる新しいタイプ のコネキシンという膜タンパク質であることを明らかにした.驚くことに,この変異体では心臓のNKX2.5発現が消失しており,NKX2.5を変異体にも どすと心臓は正常に形成された.従って,コネキシンの働きによって心筋細胞はNKX2.5タンパク質を生産し,筋繊維の配列をはじめとした心臓の正常な形 成が進むことがわかった.
<社会への波及効果と今後の展開>
NKX2.5というタンパク質はヒトの先天性心疾患の原因のひとつ として知られていたが,今回の研究から,正常な形と機能を持った心臓を作るにはコネキシンのひとつが最初に必要であり,それによって誘導される NKX2.5タンパク質が,正常で機能的な心臓の形成に十分な役割を持つことが明らかになった.この結果は,将来,先天性心疾患の診断,予防,治療法の開 発に繋がる可能性がある.
また,魚は1心房1心室であるが,このコネキシンはヒトやマウスにも対応する分子があり,今後,より複雑な2心房2心 室の心臓を持つほ乳類での解析も期待される.さらに興味深いのは,NKX2.5タンパク質を作り始めるには,細胞表面のコネキシンを介して何らかの生体内 の信号が伝わると考えられ,この信号の実体が解明されれば,先天性心疾患の治療だけでなく,心筋梗塞後の心筋の活性化や老化などの防止もできるようになる かもしれない.
[用語説明]
1)先天性心疾患
先天性心疾患とは,生まれつき心臓に何らかの異常を認める病気であり,遺伝子や染色体の異常,風疹 (ふうしん) ウイルスなどによる先天感染,アルコール,薬剤などの環境因子など原因は多岐にわたる.
2)コネキシン
コネキシンと呼ばれる膜タンパク質は,細胞膜内で六量体を作り,細胞間の信号伝達を行う.骨格筋を除くあらゆる組織細胞にみられ,心臓拍動や感覚受容,代謝などさまざまな細胞集団の協調活動維持に関わっている.
心臓の形成における変異体の異常(発生74時間)
A:正常な個体の心臓.矢頭は心臓を示す.
B:変異体の心臓.矢頭は心臓を示す.矢印:心臓壁の穴から流失した血液細胞.胸腔も大きく拡張している.
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